門扉を開ける。ギイと年老いた音がした。かつては瀟洒だっただろう屋敷も、もう何十年も手入れされていないのが伺える。年老いて、あとは朽ちてゆくのを待っているかのようにも見える。玄関までの石畳の脇には、すすきが勝手気ままに群生している。もう私の手には負えそうもないほどに。大きな棕櫚の樹からは、どこからつながっているのか知らない葛がぶらんと垂れていた。

玄関のチャイムを鳴らす。ブーと中で音がした。この音は好きじゃない。クイズで答を間違い、バツを出された時の効果音みたいで。しばらく待っていたが、応答はなかった。いつものことだ。コトヒラさんはまだ眠っているのだろう。私はナイロンのトートバックの内ポケットのファスナーを開き、合鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込んだ。がちゃり。この音は好きだ。正解、と誰かに言ってもらえたみたいで。
正解のあとは扉が開く。

「おはようございます。家政婦のホシです。おじゃましますね」家の中は昨日と同じ。しいんとしている。
キッチンへ行き、エプロンを取り出す。薬缶に水を注ぎ、火にかけてから、居間へ行き古い石油ストーブを点火した。大きな暖炉があるが、それを使ったことはない。もとより暖炉にくべる薪はないし、仮にくべたとしても、三十畳はあるだろう広い居間を暖かくするには相当な時間がかかると思われた。かつてはパーティーなども催されたのかもしれない、暖炉の華やかに燃える火を想像する。この家のそこかしこには、そうやって失われた時間が今も息づいている。 

朝ごはんの支度を整えていると、コトヒラさんが現れる。壁にかかげられた大きな振り子時計が9時を告げた。「おはようございます」「おはよう。ホシさん」 良かった。私は安堵する。今朝はちゃんと私のことがわかるようだ。時折、私のことを娘だと勘違いすることがある。ホシさんが認知症かどうかは知らないけれど、そんな時は私は娘のふりをしてやり過ごす。誰かの娘として産まれてきたのに、私はその誰かを知らない。多少なりとも知っているコトヒラさんのことを一時的であっても母と思うことは、正解ではないにしろ、ブザーを押されるほどのバツではないだろう。或いは、私はコトヒラさんの間違いにバツを出すチャイムではないし、小さな嘘は少し楽しい。
「あら、雪じゃない?」 コトヒラさんが窓を指さす。窓の外を見たけれど、私には見えなかった。けれどコトヒラさんには見えたのだろう。コトヒラさんにだけ見える雪というものが世界にひとつくらい存在してもいいではないか。
「モスクワに住んでいた頃を思い出すわ。モスクワで雪が降ると、今日は暖かいわね、と人々は笑ったものよ。日本では寒いわね、と言い合うのよね。どちらにしても雪はきれいね」
人は、口にした瞬間、言葉が物語になることがある。本当かどうかなんて、どちらでもよくなるのだ。おかあさん。顔さえ知らない誰かに向かってそう呼ぶことはもうないだろうが、コトヒラさんに向かってなら呼べるかもしれない。揺れている葛がこの世でどこへも繋がってはいないのなら、葛を引っ張ってそれを確かめることなどしない方がいいに決まってる。
「そうですね」 東向きの窓を朝陽が照らしている。ずいぶん汚れている。今日は窓ふきもしようか。
「ホシさん、お正月はどこで過ごすの?」
「私ですか。特にどこへ行くってこともないですけど」
「だったら一緒にハワイへ行きましょうよ。ハワイはいいわよ。あったかくて」
「いいですね」 
私はコトヒラさんの空になったティーカップに紅茶を注ぐ。トーストとハムエッグはそれぞれ半分しか食べられてない。この頃めっきりコトヒラさんの食は細くなっている。白い湯気が立つ。カップを手にしたコトヒラさんの古びた茶色のセーターの袖口には小さな虫食いの穴が開いていた。 その穴の向こうにこそ、コトヒラさんの真実が隠れていそうで、私は眼を凝らす。80か、90歳かもしれないコトヒラさんの肌はほどよく枯れている。枯れてそして死ぬことは正解なんだろうか。柱時計が9回鳴っても、コトヒラさんはやってこない、そんな日が音もなく来たら私はどうしたらいいのだろうか。

モスクワの雪もハワイの雪も元は水。私の中にもその水はあるのに、どちらも永遠に解けないクイズのようでしかない。

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# by soranosanngo | 2017-12-11 11:09 | 散文詩 | Comments(0)