グリーンディスティニー(ファンタジー小説)
2011年 08月 01日灰色の雲が低くたれこめた空。気の滅入るようなどんよりとした空気。
それがぼくを取り巻く世界。
ぼくは岩だらけの荒れ地に立つ<家>だった。
ほんの少しの土も草も虫も、そして花もない。孤独だった。いっそのこと、あの太陽に焼かれて灰になりたい、何度そう願ったことだろうか。
家の中にはイギリス製のマホガニーのテーブルセット。銀の蜀台。
しかし壁のホールクロックが時を告げることはなかったし、クリスタルのシャンデリアに灯りが点ることもなかった。
誰も訪ねる人がいなかったから。
誰も訪ねてはこないこんな家にどんな存在価値があるとういうのか。
いつまでたっても、ぼくは孤独に慣れることができなかった。
ある日のこと。僥倖のように雨が降った。ぼくの周りに半透明のプリーツカーテンが折り重なる。それらを追いかけるように、一本の緑色のつるが伸びてきた。
最初はおずおずと。何かを確かめるように。そのうちどんどん大胆になり、ぼくは、あっという間にそれに包まれた。始終浴びていた太陽の光は、さえぎられ、その窮屈さに息をするのが、少々苦しくはなったものの、孤独ではなくなった。
つるからは無数の根が生え、家の養分という養分を吸い上げたが、ぼくは幸せだった。
◇
夢から覚めて、ぼくは愛しい人の名前を呼ぶ。
「おうい、緑子」
「なあに、あなた」。
「君はいつまでも年を取らないんだね」
返事の変わりに君はぼくの手を握った。まだ五十も半ばだというのに、干からびて枯れ枝のようになったぼくの手を。
君の瞳が濡れたように、きらりと光った。
ああ、美しい人よ。
ようやくつるに、花が咲いたんだね。
ぼくの役目はそろそろ終わる。
by soranosanngo
| 2011-08-01 17:19
| グリーンディスティニー
|
Comments(0)