背中に青空
2011年 09月 20日世界で一番愛しい声が聴こえる。背中に小さな青空を背負って今朝もやってきた。
5年前小学校へ上がる時、デパートのランドセル売り場(まるでマカロン売り場みたいなカラフルな色が並んでたっけ)で、百々(もも)が選んだのはちょっとパステル調の水色だった。
「これがいい! あおぞらのいろ!」
スポンサーである私の母が苦笑いを浮かべながら「ピンクや赤もかわいいよ」と、なんとか女の子使用の色にさせようと思って声をかけたが、頑として譲らなかった。
私が小さい頃は存在していた女の子色、男の子色という概念は薄くなりつつあるのかもしれない。 母も結局は水色のそれを背負った百々を見て「あら、案外かわいいねえ」と目を細めた。
試しにそれを背負ってみせた姿は、小さな背中で一生懸命大きな空を背負っているようで思わず私も「似合ってるう。百々ちゃん」と叫んでしまったっけ。
だんなといえば、横で私だけに見えるようにわざとらしく口を動かした。「バ、バ、バ、カ、オ、ヤ、バ、カ」パパはノリが悪いよね。
「おはよう、百々ちゃん」
「おはよう、よう来たね」
すっかり顔馴染みになってしまった同じ病室の人たちが声をかけてくれる。学校への通り道にある病院に入院して一週間。毎朝のように百々は、やってくる。(以前に何度か入院していたことがあるので、馴染みの病院である)
6人部屋の病室の一番奥の窓側が私のベッド。
本当は面会時間外なのだが、大目にみてもらってる。同じ部屋の人も取り立てて、その事について異議を唱える人もいないので、甘えさせてもらってるのだ。
「おはよ、ママ」
「おはよう、百々。今日からプールでしょ。いい天気で良かったね」
「うん、プール楽しみだなあ」
「いいなあ。こんな日は特に水が気持ちいいだろうね」
私は生まれつき心臓に欠陥があってプールはもちろん体育もほとんど見学するだけだった。しょっちゅう熱を出して学校もよく休んだ。だから既にこんがりと日焼けした娘の顔を見ると、まぶしくて、心の底から嬉しさがこみあげてくる。
青い空に入道雲が湧き立っているのが見えた。
「来月のママの誕生日、何が欲しい?」
「なんにもいらない。百々がいてくれるだけで充分だよ」
私に似て少しクセのある髪をブラシで梳かしながら、いつもの三つ編みをふたつこしらえる。編目のひとつひとつがほんの隙間もないほどきっちり編まれた三つ編みは生真面目なうえ美しい。これだけはパパには出来ないんだよね。
百々、あなたを身ごもった時、パパもバーバもジージも産む事を反対した。
私の心臓がもたないのではないかって。
私は「絶対もたせるから」と今にして思えば根拠のない自信で皆を説き伏せてしまった。
子供を産みたい。それは何物にも変えがたい強い欲望だった。
その欲望が叶えられた今、だからママはもう何もいらないんだよ、百々。
「ママったらあ。そんなこと言っててもケーキは食べるくせに」
「えっケーキはプレゼントに入るの?」
「どうかなあ」
「遠足のバナナはおやつに入る?」
「バナナはデザートでしょ。おやつじゃないよ。えっと何の話だったっけ? ママの話はすぐ変な方へ行くんだから」
笑うと眼がなくなってしまうところはパパ譲りだ。
そんな他愛のない会話さえ、宝石に彩られた特別な朝に思えてくる。
来週はいよいよ手術だ。どんな手術にしても百パーセントの安全は保証されない。もしもの時のために何かを記しておきたくて、便箋に「百々へ」と書き出したものの、それが本当に遺書になってしまうのが今さらながら怖くて、その先は書けずにいる。
「あっもう時間だ。じゃあね、行ってきまあす」
あわただしく百々は病室を出て行った。代わりに朝食のワゴンが運ばれてくる。
欲望に無縁となったからには、どんなに味気ない朝食でも美味しくいただかなきゃね。
たくさんの幸せがあるようにと百々と名づけた。千では欲張りになりそうだから、百々。
しばらくして病院の入り口を出て走っていく百々の姿が眼に入った。
今日も背中に青空を背負って百々が走っていく。
雲ひとつなく晴れ渡った青空を背負って走っていくんだ。
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朝倉 瑠璃
at 2011-09-21 23:02
x
こんにちは、背中に青空、拝読しました。
今までの珊瑚さんの物語と違う作風で、ノンフィクションのような雰囲気がありますね。
「わたし」の人生の思い、深いはずのものを日常にさらりと溶け込ませているところがわたしは好きです。この作品の一番優れたところであると思います。
今日も背中に青空を背負って百々が走っていく。
雲ひとつなく晴れ渡った青空を背負って走っていくんだ。
ラストの二文に母から子に受け継がれる、生きていくことへの希望を感じました。
ありがとうございました。
今までの珊瑚さんの物語と違う作風で、ノンフィクションのような雰囲気がありますね。
「わたし」の人生の思い、深いはずのものを日常にさらりと溶け込ませているところがわたしは好きです。この作品の一番優れたところであると思います。
今日も背中に青空を背負って百々が走っていく。
雲ひとつなく晴れ渡った青空を背負って走っていくんだ。
ラストの二文に母から子に受け継がれる、生きていくことへの希望を感じました。
ありがとうございました。
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soranosanngo at 2011-09-22 14:21
瑠璃さん、読んでいただきありがとうございました!
ノンフィクションのような雰囲気を感じていただけて
嬉しいです。
リアルな現代のお話を書きたかったので、
その辺り成功したということにしておきます。
>深いものを日常にさらりと溶け込ませている
ともすれば、深刻になりがちなテーマを
そのように感じていただけて良かったです。
生のすぐ後ろには死が潜んでいるし、
笑いの芯には涙がある、そんな風に思います。
ラスト2行は、ちょっと悩んで
(もっとさらりと終わったほうが余韻が残るかな、とか)
書いたので、希望を感じていただけたのこと、
やはり書いてよかったです。
瑠璃さんにコメントいただくと
自分の作品のことをあらためて客観的にみることができます。
本当にいつもありがとうございます。
ではまた!
ノンフィクションのような雰囲気を感じていただけて
嬉しいです。
リアルな現代のお話を書きたかったので、
その辺り成功したということにしておきます。
>深いものを日常にさらりと溶け込ませている
ともすれば、深刻になりがちなテーマを
そのように感じていただけて良かったです。
生のすぐ後ろには死が潜んでいるし、
笑いの芯には涙がある、そんな風に思います。
ラスト2行は、ちょっと悩んで
(もっとさらりと終わったほうが余韻が残るかな、とか)
書いたので、希望を感じていただけたのこと、
やはり書いてよかったです。
瑠璃さんにコメントいただくと
自分の作品のことをあらためて客観的にみることができます。
本当にいつもありがとうございます。
ではまた!
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朝倉 瑠璃
at 2011-09-22 16:18
x
珊瑚さん
こんにちは~!
背中に青空、続きです。
>リアルな現代のお話を書きたかったので、その辺り成功したということにしておきます。
これは珊瑚さんご自身の話ではないかと思ったほどでした。
>生のすぐ後ろには死が潜んでいるし、
実はわたしも自身も、これ、いつも感じているのです。
>自分の作品のことをあらためて客観的にみることができます。
そう言っていただいて、うれしい、ありがとうございます。
わたしも自分の作品を客観的に観ることができず、何を書いてもさて投稿すると自信がなくて、「よい」と言われればうれしいし、「悪い」と言われれば「やっぱりそうか」と思ってしまいます。
ただ、厳しい批評にはその作品をよりよくするヒントがいっぱいで、(ほめ言葉にはそれ以上作品をよくする要素はありませんが)、それだけが頼みです。
水色のランドセルがありありと眼に浮かびます。
巻頭の絵の鮮やかな虹色が大好きです。
では、また。
こんにちは~!
背中に青空、続きです。
>リアルな現代のお話を書きたかったので、その辺り成功したということにしておきます。
これは珊瑚さんご自身の話ではないかと思ったほどでした。
>生のすぐ後ろには死が潜んでいるし、
実はわたしも自身も、これ、いつも感じているのです。
>自分の作品のことをあらためて客観的にみることができます。
そう言っていただいて、うれしい、ありがとうございます。
わたしも自分の作品を客観的に観ることができず、何を書いてもさて投稿すると自信がなくて、「よい」と言われればうれしいし、「悪い」と言われれば「やっぱりそうか」と思ってしまいます。
ただ、厳しい批評にはその作品をよりよくするヒントがいっぱいで、(ほめ言葉にはそれ以上作品をよくする要素はありませんが)、それだけが頼みです。
水色のランドセルがありありと眼に浮かびます。
巻頭の絵の鮮やかな虹色が大好きです。
では、また。
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soranosanngo at 2011-09-23 12:01
瑠璃さん、こんにちは。
またおしゃべりできて、うれしゅうございます♪
このお話は全くの創作ですが、
子供が小さい時実際入院したこともあり、
そのあたりの体験はもとになっているかもしれません。
瑠璃さんも生と死は隣り合わせ、
みたいなことをいつも感じていらっしゃるのですね。
私もまったく同じです。
だから何かを書きたくなるのかもしれません。
厳しい批評、もしいただけたら感謝しなくてはいけませんね。
その作品を読み込まなければ厳しい批評はできませんもの。
台風が過ぎたらすっかり秋らしくなり、朝晩は肌寒いほどで、
あわてて毛布を出しました。風邪ひかないようにね。
では、また!
またおしゃべりできて、うれしゅうございます♪
このお話は全くの創作ですが、
子供が小さい時実際入院したこともあり、
そのあたりの体験はもとになっているかもしれません。
瑠璃さんも生と死は隣り合わせ、
みたいなことをいつも感じていらっしゃるのですね。
私もまったく同じです。
だから何かを書きたくなるのかもしれません。
厳しい批評、もしいただけたら感謝しなくてはいけませんね。
その作品を読み込まなければ厳しい批評はできませんもの。
台風が過ぎたらすっかり秋らしくなり、朝晩は肌寒いほどで、
あわてて毛布を出しました。風邪ひかないようにね。
では、また!
by soranosanngo
| 2011-09-20 12:10
| 背中に青空(掌編小説)
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