2015年 11月 10日 ( 1 )

純粋であることのこわさ

駅ですれちがう人のほとんどは
たがいに顔など見てはいない
向こうからやってくる人の
おそらく肩先などを見ながら
ぶつからないように
どこかに焦点を合わすことなく
みな器用に歩いていくから
こんなにもたくさんの人に会いながら
家で帰れば誰ひとりとして
記憶には残らない

ときおり
感情のふたを閉め忘れた人に出会うのも
駅だったりする

怒りの言葉を空に吐いている
けれど
それを受け止める人はどこにも存在していない
まるで観客のいない芝居のようだ
彼の存在もまた
どこにもないかのように
人は彼を通り過ぎていく
一瞬だけ
彼の顔を盗み見れば
その瞳はここにあるもののどこも見てはいない
純粋な領域に魅入られているような気がした

彼はどこへ帰ったのだろう
いや
帰り道ではなかったのかもしれない

なにも記すことのないような一日の終わりに
彼のその瞳だけが
私の記憶のどこかに刻まれたのだった
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by soranosanngo | 2015-11-10 13:39 | | Comments(0)