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雨の日の再会

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「ああ、今日は雨か」
 宅配業者にとって雨の日はいつもの倍くらい気も使うし時間もかかる。
 舟津は自然にためいきが出た。舟津が最近転職してきたこの運送会社は、社員2人の小さな個人経営の会社だ。給料は安いが、社長はじめ他の社員がいい人そうなので、今度こそ長続きさせようと密かに張り切っていた。

「船津君、今日は雨だから、これ持ってってね」
 そう言って社長が一本の黄色い傘を船津に手渡した。
「あの、前から聞こうと思っていたんですけど、どうして雨になると黄色い傘を持たされるですか」
「あれえ、そうか船津君にはまだあの話してなかったっけ」
 そういって事務所の壁に飾ってある額縁を指差した。その額には昔使われていたという五百円札が一枚収まっている。

 そして、なんだか大事な内緒話でもするかのように社長は声をワントーン低くした。

「これはね、信じられんかもしれないが、おれが体験した本当にあった話なんだよ」
 そういって遠い目をして話し出した。
     ◇
 もう30年も前になるな。
 その頃この会社を立ち上げたばかりで、おれは仕事を目いっぱい引き受けて毎日時間に追われるように働いていたんだよ。

 あの日も朝から結構な雨が降っていた。
 たくさんの荷物をかかえていたが、もう日も落ちてきて内心あせっていた。このまま海沿いの国道を走りトンネルをいくつか通らなければ隣町にはいけない。
 自然、アクセルを踏む足にも力が入っていた。

 しばらく行くと、フロントガラスの左端におばあさんがよろよろと歩いているのが目にはいった。
『危ないなあ』と思った瞬間そのあばあさんは持っていた傘を放りだすようにして前のめりに転んだ。
『大丈夫かなあ……』いったん通り過ぎたが、無性に気になっておれはバックミラー越しにのぞいた。
 おばあさんは手をついたまま動かない。どうする。助けようか。

 でもここで戻ったら確実に仕事のロスだ。

 何秒か心の中で葛藤があって結局おれはUターンをしておばあさんの所まで戻った。
 車から降りて、たまたま車内においてあった黄色い傘をさし、おばあさんに声をかけた

「大丈夫ですか」
「ご親切にどうも・・・すべって転んでしまって、足が痛くて一人では起き上がれそうもないんです」
 そこでおれはおばあさんを後ろから抱きかかえるようにして、とりあえず車の中に避難させた。
 おばあさんのびしょびしょになった巾着袋と傘も一緒に。
 驚いたことにその傘はあの時代劇か温泉宿でしか見られないような蛇の目傘だった。所々穴もあいている大分古いもののようだった。
 後ろのシートに座ったおばあさんにタオルを渡して訊いてみた。

「こんな雨の中いったいどちらへ行こうとしていたんですか」
「はあ、実は孫のお迎えに保育園まで行こうと思いまして」
 こんなところに保育園なんてあったかなあと思い、おれは首をかしげた。
「その保育園まで送りましょうか」
「ご親切にすみませんね。たんぽぽ保育園というんですが、ご存知ですか」
 たんぽぽ保育園・・・聞き覚えがあるぞ。
 そうだおれが通っていた保育園じゃないか。
 確か駅の向こう側だったな。ここから10分ほどで行けるか。

「偶然ですね。おれもたんぽぽ保育園に通っていたんですよ。もう大分前のことですがね」
 両親とも共稼ぎで忙しかったため、いつも祖母が送り迎えしてくれていたんだった。懐かしいなあ。
 こんな日は【あめあめふれふれかあさんが~蛇の目でお迎えうれしいな~】ってよく歌ってくれた祖母。
 おれが4歳の時、病気で亡くなってしまったが。
 めったにもう思い出すこともなかった優しかった祖母の思い出が一気に吹き出してきた。するとそのおばあさんの小さな歌声が後ろのシートから聞こえてきた。
「あめあめふれふれかあさんが……この歌ご存知ですか?」
 おれはすっかり嬉しくなって運転しながら一緒に歌った。
 記憶の糸をたどって「赤とんぼ」「ぞうさん」「シャボン玉」など次から次へと口をついて出てくるから不思議だ。
 そういえばみんな祖母に教えてもらった歌だった。

 日々たまっていた仕事の疲れが少しとれたような楽しい時間だった。

「この辺りだったと思うんだけど」保育園が見えるはずだった。けれど不思議なことにいくら走ってもそれは見つからなかった。
「おかしいなあ」知ってるはずの道なのに、保育園が見つかるまで、結局30分ほどぐるぐると走ってしまった。こんなところで迷うなんて、おれもまだまだ修行が足りんなあと心の中でひとりごちた。

「おばあさん、着きましたよ。でも、その傘じゃ濡れてしまいませんか。よかったらおれの傘持ってって下さい。気にしなくていいですよ。安物ですからね」
「まあ、なんてお優しいこと。嬉しいです。お手間とらせてしまって申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ、なんだか童心に帰って昔の歌を久し振りに歌いました。楽しかったです。足は大丈夫ですか」
 おれは保育園の前でブレーキをかけて車を止めた。
 そして驚愕した。
 なぜならさっきまでそこに座っていたおばあさんがいなくなっていたからだ。


 えっ? どういうことだろう。もしやもう降りたのかと思って保育園の門まで歩いていき、また驚いた。
 保育園の門には【立ち入り禁止】の看板があり、子供達のかげも形もなかった。雨に濡れたブランコが所在なさげに風にゆれていた。
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 たんぽぽ保育園はもうやってない・・・。
 車に戻ってうしろのシートに回ってみると残されていたのはあの穴だらけの蛇の目傘と【お小遣い】と書かれた封筒がひとつ。
 中にはしわくちゃの五百円札が一枚入っていた。
 おれの黄色い傘はなくなっていた。
 『頑張って修行するんだよ』
 どこからか、懐かしい祖母の声が聞こえてきた。
「ばあちゃん、ばあちゃんなのか?」
 オカルトめいた話にそれまでまったく縁のなかったおれは、今体験したこの事実を前に混乱した。
 混乱しながらも、仕事に戻ったんだ。
 が、海沿いの国道をしばらく走ると最初のトンネルの手前で車を止めざるをえなかった。
 警官がたくさんいて通行止めになっていたからだ。

「ああ、このトンネルは落石があって今通れませんよ」
 と一人の警官が教えてくれた。
 見ると直径が3メートルもあろうかという大きな石がトンネルの入り口をふさぐようにあった。

「30分前のことですよ。あなた、来るのが遅くて助かりましたね。あんな大きな石が直撃していたら車なんてぺしゃんこでしょうなあ。長雨で地盤がゆるんでいたんでしょう」
 とその警官は付け加えた。
 30分前っていうと、あのおばあさんに会わなかったらちょうどおれがそこを通っていたような時間だ。おれは背筋が冷たくなると同時に心の中で手を合わた。
 ばあちゃん、助けてくれてありがとう・・・と。
      ◇
「この不思議な体験をして私は雨の日は必ず黄色い傘を持つようにした。だから社員さんにも付き合ってもらうんだ。まあ、安全を祈ってのお守りがわりかな。またあのあばあさんに再会できるかもしれないしね。そしたらあの時もらった五百円のお礼も言えるだろう」

 そう言って社長は笑った。
 その時壁に飾られていた五百円札の中でおじさんがウインクした。したように見えた。船津は目をこすった。
 そして『そのおばあさんは本当に社長の亡くなったおばあさんだったんですか』と聞こうとしてやめた。そんなこと聞くまでもないかと思ったからだ。
 今年はお中元の配達で忙しかったから帰省できなかったけれど、来月の休みには久しぶりに実家に帰って墓参りでもしようかと、ふと思う舟津だった。
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by soranosanngo | 2011-08-12 20:26 | 雨の日の再会 | Comments(0)