カテゴリ:マイ エドワード(BL小説)( 1 )

マイ エドワード

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「おはよう。エドワード」
 僕は心の中でささやいた
 ベッドで静かな寝息をたてているエドワードを起こさないように。できることなら一秒でも長くこうして君をみつめていたいんだ。いつも遠くから君を見る時は見つめていることを悟られないように細心の注意を払って、視線のハシで見る技を見につけた。近くで君と話す時は心に半分蓋をしてただの男友達として仮面をかぶる技もね。
 こんな風にガン見できるなんて、なんて幸せなんだ。
 
 エドワードは本名ではない。そして外国人でもない。かつ僕専用の秘密の呼び名。
そう呼ばれている本人さえこの呼び名の存在を知らない。大学の友達たち、そして忌々しい君の恋人も君のことは「エド」と呼んでいる。苗字が江戸だから。頭の中で自然とカタカナ表記になってしまうのは、君のルックスによるところが大きいだろう。
 おじいさんがスウェーデン人らしい。憂いが蒸発して軽さだけが残ったような薄茶色の瞳。その下にランダムにばらまかれたソバカス。それは、君の端正な目鼻立ちの、ともすれば冷たさを醸し出す雰囲気に、ひとさじの愛嬌を添えている。柔らかそうな黒髪はまさにジ・オリエンタルの趣き。純日本風の顔に黒髪であれば、それはザ・ジャパニーズ。そうならないところがまさにエドワードなんだ。
 ああ、こんな風にそれに触ってみたいと、幾度思ったことだろう。

 美しいものには磁力がある。そう気づいたのは、「スタンドバイミー」のリバーフェニックスを見た時だ。だから僕にとってエドワードはふたつ目の磁石だ。
 
 昨晩、僕は田舎から送られてきた夕張メロンを手に、君のアパートを訪れた。(エドワードは何しろメロンに目がないのだ。※調査済み。そしてエドワードほどメロンの似合う男を僕は知らない)
 富士見台の駅から徒歩で約十分。いつだったか「晴れた冬の日は駅の連絡路からうそのように富士山が見えるんだ」と君が言ったので、冬の間、何度か僕は途中下車してこの駅に降り立ったものだ。 けれどまだ富士山にお目にかかったことはない。
 
 そして夕張メロンを肴にして僕らは酒盛りを始めた。発泡酒を4,5本、そのあとは白ワイン一本(メロンと白ワインは案外いける)そして缶チューハイでだいぶ酔いが回ってきた時だった。僕はザルだけど、エドワードはそんなにお酒に強くない。
「あいつがさあ、そんな真っ当じゃないバイト辞めないなら別れるっていうんだ。モデルのどこが悪いんだよ。来年は四年だし、モデル事務所なんて辞めて、ちゃんとしたところに就職してくれって。まあ、俺だってあそこに就職しようなんて考えてないけどさ」
「女が言いそうなことだね」
 僕は心の中でほくそえむ。
 あいつ、とはエドワードの恋人すみれのこと。
 すみれってまったく、いまいましい名前だ。僕だって選べるなら【正雄】なんて地味な名前でなくもっとラブリーな名前が良かったさ。
 それに【正雄】なんて数あまたある名前の中で一番僕に似つかわしくない名前じゃないか。【正しいオス】なんて。つまり正しいオスとはメスに欲情するという意味において。
 僕がメスに欲情しないタチだとはっきり悟ったのは高校二年の夏。ファーストキスのときだった。相手は、一年のバレンタインに告白(こく)られて成り行きで初めて付き合った女の子。女の子の唇がパンドラの箱を開ける鍵になった。
 
 考えてみると大人になるっていうのは心に様々な箱を抱えて生きていくのかもしれない。
 TPOに合わせて箱を選ぶのがきっと大人なんだろうと思う。友達箱。家族箱。学校箱。バイト箱。そして恋愛箱は僕にとってパンドラの箱だった。
 その存在にうすうす気づきながらも、その存在を認めたくない自分がいて(きっと自分が世間的にいうマイノリティに入るのが怖かったのだ)けれどパンドラの箱は放たれた。最後に希望が残るのかどうかなんて今の僕にはわからないけれど。
 こたつで酔いつぶれたエドワードをベッドに引きずり上げた時(まあ、1Kなのでそれは簡単なことだった)なだれ込むようにして、君の両手で抱きすくめられた。
「ちょ、ちょっと、なんだよ」
 その先の言葉を君の唇が消した。
 歯と歯が軽くぶつかる音が頭蓋骨に反響し、めまいを起こしそうになった。
 温かい舌が僕の口内でうごめく。まるで、未知なる小さな生き物のように、その先端は固い。リトル・エドワードは僕の舌を求めて彷徨う。
 ああ、僕の秘密の小箱に今、君がいるなんて。
 長いまつげが今、目の前にある幸せにも、なんだかうろたえ、気が動転しそうだった。
 かすかな鼻息が、ため息のように僕の鼻先に触れる。そして君は僕から唇を離し、背中に回した指に力を込めた。
 その時だった。
「すみれ……」
 君がかすれた声で、つぶやいたその一言で僕は現実に戻された。なんて、いまいましい名前だ。
 それから僕はクッションを枕に一人こたつで寝た。
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     ◇

「あれ、正雄? おはよう」
 君は寝ぼけた声を出したあと、大きなあくびをした。
「そっか、昨日飲んだんだっけ」
 記憶の糸をたどるように視線を泳がせている。寝癖のついてハネた髪に胸をしめつけられる。
「それでさ、なんかリアルな夢みちゃったけど、まさかね……」
「なんだよ、おまえがおそってきたくせに」
「えっえっ、おまえとしちゃったの、おれ」
 エドワードがうろたえている。
「冗談だよ、冗談」
「なんだよ、マジであせったじゃんか。おまえとイチヤのアヤマチしたかと思った」

 イチヤのアヤマチ……演歌の世界か。へこむなあ。

「じゃあ、僕、バイトあるから。帰る」
「お、おう、またな」
アパートのドアを閉めて所々さびついた階段を下りると、空からエドワードの声が降ってきた。
「これ、やるよ」
 君の手から生まれた放物線はゆるやかに僕の掌におさまった。スペアミントのガムだった。
 やっぱりエドワードには演歌は似合わない。
 一枚取り出し、口に含み、軽く歯で噛みしだくと、昨晩の君のあの舌の感触と溶け合ってハーモニーを生んだ。

 それから富士見台の駅の連絡路で初めて僕はエドワードが言っていた富士山を見た。
 今朝の空気はとびきり澄んでいるんだろう。富士山はいつもそこにある。日本一高いランドマークが掌に乗りそうなほどだ。単純なそのフォルムを僕はしみじみ美しいと思った。
 僕のこのめんどくさい形の恋も、心を澄ませば、ただただ、好きという単純な形を成す。
 その言葉をつぶやくだけで、何度迷ったとしても、きっと僕はまた道を見つけることができるだろう。

 だって君は僕のランドマーク。
 そうだろう、マイ・エドワード。
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by soranosanngo | 2011-09-04 09:58 | マイ エドワード(BL小説) | Comments(2)