カテゴリ:予知夢る女(ミステリー)( 1 )

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第一章☆失恋にはサラボーン
『和彦のばかやろう。』

 私たちの10年って一体なんだったのよ。
 できちゃったって何?
 ひどい、ひどすぎるじゃない。
 ああもう、私立ち直れないよ。
 今日はまっすぐ家にかえる気分じゃない。
 まだ「止まり木」やってるかな。
 蓮さんに愚痴ろうか・・。


 カランコロン……
 バー「止まり木」には、都合いいことにマスターの蓮さん以外に誰もいなかった。

 BGMは、ナットキングコールの「LOVE」。
 今日はそんなノリじゃないのに。
 サラボーンでもかけてよ、蓮さん。

「おう、いっらしゃい。今日は一人なんや?」
「こんばんは、蓮さん。一人で悪い?私もうこれから永久に一人かも。」
「どうしたの?和彦と何かあった?」
「おおありよ。あいつ、若い子と浮気してたんだ。で、その子が妊娠したんで、結婚するんだって。信じられないよ、私。」
 いけない。涙出そう・・。
 女40歳でどうやって次の恋をみつければいいのよ。

「まあ、香ちゃん、くよくよせんと。香ちゃん、ホンマのとこ、まだまだいけてるし。長い人生そんなこともあるんちゃう。今はショックだろうけど。そんな時はお酒飲むにかぎりまっせ。」
「うう・・。じゃあ、焼酎ロックで。」
「相変わらず男前な注文ですな。了解。そういえば、今日新しい銘柄の焼酎が入ってきたんだっけ。・・ああこれだ。・・・・・予知夢。なんか面白いネーミングだよね。ははは。」
「いいから、早く作ってよ。」
 マスターの蓮さんは、相変わらずおしゃべりだ。

 でもとりとめのないおしゃべりでもしていないと、泣いてしまう今夜は。


「でも何でや。和彦君って浮気するタイプちゃうかったよなあ。香ちゃんに一途って感じやったし。ほんまのとこ、いつ結婚するのんかって思ってたのに。男と女はわからんもんやね。」
「何、じゃあ蓮さん、浮気させた私が悪いっていってんの?」
 和彦と私は同期入社の同僚だった。かれこれ付き合い始めて10年になる。その間2回ほど、別れたけれど、腐れ縁っていうのかなあ。確かに最近、セックスレスになっていたかも。

「ねえ、蓮さん男の人はセックスレスに耐えられないの?」
「う~ん。難しい質問やね。愛がなくても、セックスできる、そんな男が多いことは事実かもしれんね。」
 そんな。
 じゃあ和彦が浮気したのは、私に原因があるっていうの?
 確かに相手の子は今年入ったばかりの派遣さん。
 まだ20代なかばってとこかな。
 若さを比べたら、私なんか太刀打ちできない。

「香ちゃんとこの会社、一応一部上場やんか。派遣の子たちは未来のダンナみつけに来てるって話聞いたことあるし。もしかして和彦君、そんな子につかまったんかもな。」

 ああ、もうどうでもいいや。
 私の青春返せ~。
 女の30代をナンだと思ってんのよ。
 利子つけて返しやがれ~!

「ああ、なんか空しいね。蓮さん。」
「まあ、飲んで。今日はもう閉店にしたさかい。最後まで付き合ったるわ。」
 と蓮さんはウインクした。
 ありがとう。蓮さん。
 今夜はとことん飲むぞ。
「蓮さん。おかわり~。」
「はいはい、でもなんかお腹に入れへんと悪酔いするぞ。ほい、タラモサラダ。」
「私の大好物だ。蓮さん知ってたの?も~蓮さんでいいや、結婚してよ。」
「あーあ。もう悪酔いしとんか……」

第二章☆これって予知夢?☆

 翌日、7:00a.m.。
 
アラームの音で眼が覚めた。
 とたんに、ひりつく喉が水を欲して悲鳴を上げる。
 私は冷蔵庫をのろのろと開け、エビアンのボトルから直接水を飲んだ。喉が喜びの声を上げる。

「はあ~。」どうやらそんなに酷い二日酔いではなさそう。
 ちょっと頭がふらつく程度。
 でも、なんだか会社に行く気になれず、電話で休む旨を伝えた。

「今日は特別な会議もないし、たまにはずる休みしてもいいか。」
 と一人で納得する。
 エスプレッソマシーンにコーヒーと水をセットしながら、昨日の記憶の糸を手繰り寄せてみる。

 そう、確か、蓮さんにタクシーで送ってきてもらったんだ。
 はて、それからは・・・覚えていない。
 その時テーブルの上に一枚のメモ書きを見つけた。

 『鍵はポストに入れておきます。蓮』

 そうか。蓮さんったら、何もしないで帰ったんだ。
 蓮さん。あんたは正しい選択をした。
 アブナイ、アブナイ。

 私は大事な止まり木を失うところだった。ありがとう、蓮さん。


 シュンシュンとコーヒーマシーンが湯気を立て始める。とたんに、芳しい匂いが立ち上る。
カップに注ぎ、一口飲んだら、頭もしゃんと生き返るようだ。

『なんか、夢みたような…。なんだっけ? うーん思い出せないや。』
 でもそんなに嫌な夢ではなかったような気がする。
 これから、どうしようか。
 洗濯でもしたら、街をぶらぶらしてこようかな。

「こんにちは。管理人さん。」
 マンションのエントランスで管理人さんが掃除をしているのに出くわした。

「あら、佐々木さんこんにちは。めずらしい時間に出勤なのね。それとも今日はお休み?」
 格好盛ればわかるでしょ?ジーパンにTシャツで会社行ったらびっくりされるよ。

「はい。お休みなんです。いってきます。」

『あれ、なんかこの会話、前にもしたことあるようね。デジャブ?』

 私は歩きながら、頭の中の海馬を総動員し、記憶の手掛かりを捜した。

『そうだ。夕べ夢で見たんだった。そう、確かに。』


 マンションの自動扉を出て、左に踏み出した。いつも会社に行く方角とは反対方向である。
 5月とはいえ、まぶしい日差しがふりそそぐアスファルト。私はうつむき加減で、夕べの夢の続きを思い出しながら歩き出していた。

「イタッ。」
 一瞬何がおきたか分からず、私は転んでいた。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 その声に顔を上げると、男の人が心配そうに大きなダンボールを地面において駆け寄ってきた。
 どうやらこの人にぶつかってしまったらしい。
「あっひざすりむいていますね。申し訳ありません。もし良かったら僕の店で手当てさせてくださいませんか。」
「大丈夫です。私も下を向いていたので。」

『ビンゴ!このシーンそのまま夕べの夢とそっくりだわ。』

『まさかね。これじゃあデジャブじゃなくて、まるで予知夢みたいだわ。』

「申し遅れましたが、僕ここの店のオーナーです。」
 そこは、もうすぐ開店とおぼしき店だった。
 シックなレンガ調でサイディングされた入り口。
 私は彼に勧められるままに、店に入っていった。

「どうぞ、お座りになっててください。今救急箱持ってきますから。」
 中に入るとダンボールの山の片隅にちょっとしたカフェスペースがあった。
 霧が晴れていくように、夕べの夢がフラッシュバックしていくのを感じていた。

 名刺には確かこう書いてあるはずだ。

『boutique heaven 天 光一郎』
 それを見て私が「これって本名ですか?」と言って二人で笑ったんだった。

 そして、そして…

 このことがきっかけで、二人は付き合うようになるんだ!


…まさしく、その予知夢のように、それらは現実となった…

第三章☆出来すぎた恋人☆ 
 10年越しの恋にやぶれ、傷ついていた私は急速に光一郎に惹かれていった。
 でも本当に好きか問われたら、即答はできなかっただろう。

 誰かによりかかっていなければ、立っていられなかったんだと思う。不純な恋の始まりだった。
 けれど半年もたったころには、和彦のこともあまり思い出さなくなっていた。
 風のうわさで、結婚は早くも失敗し、離婚したらしい。
 ザマアミロ……モトカレの不幸は密の味。光一郎は非のうちどころのない恋人だった。顔は福山雅治似。かといって全然いい男ぶらないし。

 開店したブティックも高級なセレクトショップの割りに売り上げも順調だった。
 たぶん光一郎めあてのお金持ちマダムが固定客になっているのだろう。

 主にヨーロッパのブランドを中心に取り扱っているので、光一郎は買い付けに時々ヨーロッパに出かけていく。

 そんな時にも私におみやげを忘れない。この間はバカラのかわいい鈴をもらった。
その涼やかな音色はまだ見ぬ土地の風をつれてきてくれる大切なものとなった。

「次はガラスの靴を捜してくるよ」
 そんな嬉しい言葉を添えて。

 10年つきあった和彦から、こんな心に響くプレゼントをもらったことがあっただろうか。

 フランス語を流暢に話す光一郎のその低い声はまるで愛をささやいているかに聞こえる。

 心の天秤はどんどん彼に傾いていった。

 そんな時だった。
 デートのドタキャンが続き、女の勘が働いたのは。
 他に女がいる。
 確信はないがそんな黒い疑惑が胸に渦巻きだした。

第四章☆焼酎はロックで☆ 

そんな時、蓮さんのことを思い出した。

 あの不思議な夢のことも話したいし、久しぶりに私は『バー止まり木』のドアを開けた。

 カランコロン……。

「あれ、珍しい人や。いらっしゃい」
 止まり木にとまってる鳥はなし。相変わらずだね。

「ごめんなさい。蓮さん。ご無沙汰しちゃって。元気だった?」
「それはこっちのセリフ。時々どうしてんのやろーと心配してたんやー」
「とりあえず、ビールね」それから私はここ半年の出来事を蓮さんに報告しまくっていた。

 蓮さんは聞き上手だ。
 時々「ふ~ん」「そやねえ」と合いの手を入れながら、グラスをピカピカになるまで拭き続けていた。
 光一郎に他に女がいるんじゃないかっていう所まできて、のどが渇いた。
 おかわりしようとして思いついた。

「そうだ、蓮さん。あの予知夢って焼酎ある?」
 蓮さんの顔がとたんに曇った。
「ああ、あの焼酎か。実はもうないねん。それが酷い話やったんや」

 今度はえんえんと蓮さんがその焼酎についての事の顛末を話しだした。

 かいつまんで言うとこういうことらしい。

 予知夢を作っていた酒蔵が経営悪化で、酒を水増しして、ばれて、結局倒産に追い込まれたらしい。

「まさに焼け石に水を地でいきよった」蓮さんの弁。
 よってもうその焼酎は手に入らなくなった。

「しょうもない話やろ。そやけどちょっと待ってや、残りがあと1本あっったのと違うかな。お客さんには出せへんな、もう」
「えっそうなの?だったら私飲みたい!飲ませて、蓮さん」
 これから私と光一郎がどうなるのか見せてもらおうじゃないのさ。

 ちょっと怖いけど。


「ハイ、どうぞ。」
 予知夢のロック。味は普通なんだけどね。

 私は前に味わった予知夢に関する不思議な出来事も蓮さんに話した。

「そうだったんや。この酒にそんな不思議な力があるとは思えへんけど。」
 蓮さんはすぐには信じられないって顔をした。

「でも世の中には人間の人智を超えた出来事もあるゆうしな。」
「そういえば、この間珍しい人が来んや。」
「誰?私の知ってる人?」
「言っていいんかな。」
「もういってるじゃん。早くいいなさいよ。」
「和彦君や。えらいおちこんどったで。なんか香ちゃんに会いたい言うとった。離婚してたんやてな、和彦君。」
「何よ。今更。どんな顔して会えるっていうのよ。」
「まあまあ、そう言いなさんな。いろいろあってんけど、やっぱり和彦君は香ちゃんのこと、今でも大事に思うとるで。その、洋服屋の男よりよっぽどいいんちゃう?」
 洋服屋じゃないよ、蓮さん。ブティックっていってよ。

 何にしても、今夜は予知夢で光一郎の私への愛を確かめねば。私はピッチを上げておかわりをした。

 その日は前ほど酔わず私は自分の足で家まで帰ることができた。
 念入りに化粧を落として、ベッドに入る。焼酎の酔いも手伝い、私はすぐに眠りの中に引きずられていった。

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「光一郎、もしかして私の他に誰かいるんじゃないの?」

 ここは…と。光一郎のマンションだ。

 私ったらいきなり核心をついている。勇気あるなあ。

「……」

 黙ってないで何か言いなさいよ。

 光一郎はその長いまつげをしばたかせた。


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「ごめんね。香ちゃん。騙すつもりはなかったんだ。」

「じゃあ、やっぱり、浮気してたのね。」

 あちゃ~女の勘が当たってしまったのか。

「そうじゃあないんだよね。言い難いんだけど、香ちゃんが浮気だったんだ。」

 それから、光一郎はもう何年も付き合っている恋人の存在があることを白状した。

「ひどい。もう私立ち直れないよ。ねえ、うそだって言ってよ。」

 涙があふれてきて、風景がぼんやりと霞んできた。

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第五章☆コトの真相☆

「おーい。あけるぞ」

 昨日の夜、蓮さんから「和彦君、夕べ香ちゃん様子がおかしかったで。予知夢がなんたらって言ってな」
と電話をもらって、虫の知らせがし、一睡もできなかった。夜はまだ明けきらないが、香のマンションにやってきた。

 携帯もつながらない。

 嫌な予感がする。

 おれは返しそびれたまま
 持っていた香の部屋の合鍵を使って中に入った。

「かおりー!」

おれは寝室へと急いだ。
そこには半年前よりだいぶ痩せた香が寝ていた。
嫌な夢でも見ているのか、眉間にシワをよせて。
早く起きないと、シワがのばせなくなるぞ。
めじりからは涙が流れている。

「香! 大丈夫か。おい、起きろ」肩をつかんでいくらゆすっても眠りから目覚めそうにない。息はしている。なのになんで目覚めないんだ。

とっさに睡眠薬でも飲んだのかって思ったが、それらしき形跡はなかった。おれは、ためらわずに119番をプッシュした。


 救急病院にかつぎこまれた香は、すぐにストレッチャーに載せられて、処置室に入っていく。

 ポツンと一人取り残されたおれは、心細くなり蓮さんに電話した。
 一人で待っていることに耐えられない。
 最悪の事を想像してしまうから。

 廊下の硬いソファーに座ってると、30分位で蓮さんが走ってきた。
「大変やったな、和彦君。で、香ちゃんは?」

「まだ処置室から出てこないんですよ。」
 おれは蓮さんから夕べの一部始終を聞くことができた。

「その予知夢の話、ホントなんでしょうか?」

「うん、そうやねん。でも香ちゃんは信じてたみたいやで。今考えると香ちゃん様子がへんやったし。あんな酒、飲まさへんかったら良かったんや。あほや、おれは。」

「そんな、蓮さんのせいじゃありませんよ。それにその酒のせいだときまったわけじゃありませんからね。蓮さんはその、香の新しい男、洋服屋でしたっけ、知ってるんですか?」

「いや、会った事はない。思案橋のそばの靴屋の隣の店ゆうてたなあ。その洋服屋。」

「香のことも知らせたいし、落ち着いたらあとで一緒に行ってくれませんか。蓮さん。」

「お安い御用や。」

 そんな会話をしているうち、処置室のドアが左右に開いた。ストレッチャーに載せられた香の腕には点滴の針がささっている。

「香ッ。」呼びかけたが、応じない。眠り姫のように眠ったままだった。

「ご家族の方ですか?」
 と医者に聞かれ、おれは言葉につまった。

 すかさず蓮さんが
「家族同然です。それで、どうなってるんですか?」
助け船を出してくれた。


「では検査の結果をご報告いたします。全身くまなく調べましたがこれといってほとんど異常は認められませんでした。」

「じゃあ、どうして香は眠ったままなんですか」

「脳の専門家に調べてもらったところ、脳波のひとつであるデルタ波に若干の異常があったそうです。つまりこの患者さんは寝ているように見えていますが、睡眠をしながら覚醒しているというきわめて稀な状態にいると推測されます。」

「よくわかりませんが、じゃあ、時がたてば、起きるということですか?」

「申し訳ありませんが、現代医学でも予想しかねるところなんです。つまりわかりやすく申しあげればですね。」

 医者は問題を整理するかのように一息はついた。

「患者さんが潜在意識の中で目覚めることを止めているのではないかという結論です」

「つまり、本人がこのまま目覚めたくないと思っていたら、永久にこのままってことですか?」

「そうともいえると思います。」

 そんな、そんなことってあるのか。
 なんで起きたくないんだよ、香。
 もう一度おれに瞳を見せてくれよ。
最終章☆夢か現実、どっちが住みやすい?☆  
 

 光一郎の「浮気相手はお前だ」というショッキングな告白は
私をうちのめしていた。
 もう立ち直れないかもしれない。
 これは予知夢なんだ。
 目覚めたら、同じ事が、今度は現実になるんだ。
 だったらこのまま夢の中にいたらいいじゃない。
 そうだ。そうしよう。このまま一生夢の中に住んでやる~。



 香はそのままICUに入院することになった。
 おれは保険証など必要なものを取りにかえることにした。
「そうだ、蓮さん、さっきの話。その洋服屋にこれから一緒に行ってくれる?」
 蓮さんもショックだったらしい。無言でうなずいた。


 二人で思案橋までタクシーで乗り付けた。

「ああそこや。靴屋があった」隣は…。ええっ?
『空き店舗』の張り紙がしてあるだけで、洋服屋の影も形もないのだ。
 確認のため、靴屋の店員に聞いてみたが、前にあった帽子屋が半年前につぶれてからずっと空き店舗だということだった

「ねえ、蓮さんどういうことかな」
「うん。香ちゃんの話は全部うそということやね。せやけど、うそついてたようには見えへんかったなあ。本気でその洋服屋の心変わりを心配してるようにみえたで」
「おれが悪かったんだ。おれの裏切りが香を追い込んでしまったんだ。それで現実ではない変な夢を見せてしまったんじゃないか?」

 香、許してくれ。
 目覚めたら、一生かかって償いをさせてくれ。
 目覚めるんだ、かおりー!
             おわり

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イラストは 画家・耕太郎さんより いただきました。 感謝申し上げます!
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by soranosanngo | 2011-08-03 13:57 | 予知夢る女(ミステリー) | Comments(0)