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パーパームーン

 
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 その店は、そっけない古い5階建てビルの地下一階にあった。エレベーターはもちろんない。

 給料日がきて、すぐのデートはここが多い。
 看板メニュウの一週間煮込むというビーフシチュウは二人のお気に入りだった。ナイフとフォークで一応食べるが、お箸でも切れるくらいの柔らかさのお肉。たぶん歯がなくなっても、食べることが出来るだろう。

「ワリカンにしようよ」
 私の申し出に、彼はいつも笑って首をふる。

 二人で5000円というのは、彼のそう高くはないであろうサラリーを考えると、なんだか申し訳なくて、それでいて、そんなことに愛されているという変な理屈を無理やり当てはめて、心の中で小躍りする。
 小躍りする小人の住む部屋で女は愛を育てるものだ。
 女の愛は矛盾と幻影の二本柱から成り立っている。いや、もちろん、その柱は増えたり減ったりしながら、落ちてきそうな天井を無邪気に支えているのだ。

 階段の途中の踊り場に背の高い観葉植物がある。
 薄暗い場所から一生懸命背を伸ばしているようで、健気だ。

 良く見かける植物だが、名前はなんといっただろう。
 知ったところで、取るに足らないことではあるが。

 無垢の一枚板でできたドアはずしりと重い。
 体重を預けるように肩で押すと、やれやれといったかんじでそれは内側に開く。低く流れるジャズのBGMが出迎えてくれた。
 聞き覚えのあるメロディ。
 ペーパームーンだっけ。
 思い出したところで取るに足らないことだ。

 一見取るに足らないものが実は大切なものだったりすることがあるけれど。

 機嫌よさげな静かなざわめき、そして食欲をそそる濃厚な香りが瞬時に混ざり合う。店の柱を舐めてみたら、きっと美味しいだろう。もう大人になってしまったので、出来ないのがちょっぴり残念。

 小学生のころ、校庭に大きないちょうの樹があって、友達とその樹の根を掘り起こして、かじりながら下校した。ほのかに香ばしい味がしたっけ。「ニッキだよ」とその友達は言った。そうか、ニッキというのか。あの時、ニッキは樹の根という概念が、私の中に植えつけられた。

 今考えてみると、いちょうの樹の根がニッキなんて奇妙なことだ。いちょうではなかったのだろうか。あの校庭にはまだニッキが埋まっているのだろうか。確かめる術はない。 幾度も繰り返した転校のせいで、一体どの小学校だったのか、ぼやけてしまっている。名前も住所も分からないでは探せないではないか。

 ニッキがシナモンと同義語と知ったのは、つい最近、シナモンティーを飲んだときだった。こんな風に神様は誕生日でもないのにプレゼントをくれることがある。いつか名前も住所もわからない場所も教えてくれるかもしれない。

 彼は、私より、きっかり、たぶん、10分前に着いていて、奥のボックス席で、いつものようにハヤカワ・ミステリの文庫本を読んでいた。

 私が「待った?」 と言って彼の正面の椅子に腰をかけると「さっき来たところ」 と答えるのはいつも通りのこと。

「さっき」の概念は10分より長くても短くてもいけない。

 秩序を重んじる公務員か。
 いや、勤続5年のしごくまっとうなサラリーマンである。
<改ページ>
 私達はいつも決められたとおりにドアを開け、決められたようにそこで遊び、満たされ、そして決められたように別れていく、ただそれだけのことに5000円を払う。
それが高いのか安いのか…。価値がなくなったら、ドアを開けなければいい。

「今日、電車の中で、ハイヒールに足を踏まれてさ、もしかしたら、小指が折れているかもしれない」彼がそう言えば私は有能な看護婦になる。

 一緒に見た映画の話題になれば、私はスクリーンになって映画を再現してみせる。

 彼が嫌いな付け合せの人参のグラッセを、私の皿に潜り込ませたら、私は物分りの良い母親になる。
 彼がいまだ要求しない役は、たったひとつだ。それは婚約者。


 なぜそれを彼は要求しないのか。
 そして私はその役を望んでいるのか。

 次の章の大事なシナリオがそこにあるのに、二人はあえて、それを読むことをせず、いつのまにか、三年が経ってしまった。
 あと三年経ったら、私は三十歳になる。

 たぶん、私は怖いのだ。次の章が、突然、最終章になってしまうのではないかと。

 考えてみると、配役を決めるのはいつも彼だった。私はその役を演じるのが愛だと思ってきたけれど、本当にそうなのだろうか。役を降りたら、残っているのは、本当の自分だけ。本当の自分って…。

 舞台裏で、化粧を落としてみたら、素の自分になれるのだろうか。

「転勤の辞令が下りたんだ」
「えっどこ?」
「大阪」
「大阪か…遠いね」
「遠くないよ。東京から新幹線であっという間さ」
「…そう、だね。マフラーが一本編めるくらいだね」

 月に一本、一年で12本。私の愛をむりやり押し付けられて、苦笑している彼が目に浮かぶ。そのうち、クローゼットの中をマフラーで一杯にしてしまおう。

 やっぱり大阪は遠いよ。
 遠距離恋愛の女、うまく演じられるかなあ……。

 ビーフシチュウはいつもより、味が濃かった。煮詰めすぎじゃないの?


 ビーフシチュウの皿がさげられ、デザートが運ばれてきた。今夜のケーキはガトーショコラだった。

「人参のグラッセは食べないくせに、ケーキは好きなんだね」
「ああ、甘いデザートはいいけど、甘い食事はちょっとね」
「じゃあ、お正月の黒豆や栗きんとんは?」
「デザートだって言われれば食べるけど。食事と言われたら食べないだろうなあ」
「…へりくつ。私なんて小さい頃甘い黄粉を白いご飯の上に振り掛けて食べてたんだから」
 それを聞いて彼は顔だけで「うえっ」と言った。いや、いや、あれはあれで美味しいんだから。けれど、やっぱり食事というよりデザートに近いかなあ。へりくつにも、一分の理屈あり。

「俺なら黄粉より、マヨネーズかなあ」
「マヨネーズはサラダじゃないの?」
「ライスサラダという手もある」

 コーヒーを飲みながら、ご飯に合いそうなとんでもないトッピングをいろいろ考えて、笑いあった。へりくつの効用…笑い。
 けれどやっぱり、黄金のトッピングは「めんたいこ」もしくは「納豆」という考えに落ち着いた。へりくつは嫌いじゃないけど、正しい概念の上はやはり落ち着く。

 コーヒーを飲み干し、キャメルのコートを着る。彼はオフホワイトのバーバリーのシングルのコート。おととしのボーナスで買ったらしい。そういえば、今夜のネクタイは去年のクリスマスに私があげたものだった。紺地に白い小さなドット(水玉)柄のネクタイは、へりくつが好きな人によく似合う。

 彼が会計する。
 いつ見てもここのウエイトレスのエプロンはラブリーだ。
「不思議の国のアリス」がしてるような、フリルが付いてる白いエプロン。可愛すぎて私にはたぶん似合わない。けれど一度くらいは着てみたい。似合うか、似合わないかを決めるのは、そう、唯一人だけ。
 レジ横の籐のトレイの中からキャンディをふたつ選んだ。包み紙を破り、口に放り込んだらミントの味が広がった。もうひとつを彼に渡そうとしたら「いらない」というので、私は仕方なくコートのポケットに入れた。

 店の外に出ると思いのほか寒かった。
 階段の上の四角い空に白い満月が浮かんでいた。
 あれは本当に月?奥行きのない絵に浮かぶ紙で作ったぺらぺらの月ではないだろうか。そもそも月になんて行ったことのない人間がそれが球であることを信じていること自体、紙のように心もとない概念だ。
 私は急に確かめたくなって、階段を駆けあがった。そして踊り場にいた彼の背中に抱きついた。

「連れてって」
「連れてって、いいの?」
「連れてってほしい」
「じゃあ、連れてく」

 あんまり簡単に言うから拍子抜けしてしまった。人生の扉は押さなければ開かない。押すか押さないかは、ほんのささいなタイミングかもしれない。
 押してみたらあの店の重たい一枚板のドアより全然軽かったことに、やっぱり私は拍子抜けした。
 しばらくそうやって彼の心臓の鼓動を背中越しに聞いていた。心臓が動いているのを見ることはできないけれど、動いているのを感じることはできる。
 愛も同じ。見ることはできないけれど感じることはできる。愛は、あたたかい。
 そして月は、まあるい。愛しく想う気持ちは球体。
 完全なる球体ではなく、ほんの少しのいびつさを備えた球体。だから真っ直ぐには進まないのだ。
「ベンジャミンだね」
「えっ?」
「この観葉植物さ」
「アメリカ人?」
「かもね」
 名前が分かったところで、まさにそれは、とるに足らないものだけど、私はその健気な傍観者に心の中で「バイバイ」と言った。

 恋人たちの章は終わり、新しい章が始まった。
 私は新しい土地で、新しい苗字と新しい役を手に入れた。
 魚屋で「おくさん」と呼ばれ、公園で「おばちゃん、ボールとって」と少年に言われ、最初はどきっとしたものの、それにも大分慣れてきた。
 もう、「おじょうさん」にも「おねえさん」にも戻れない。
 そうそう「アリス」という名前も手に入れた。(その名前で私を呼ぶのはこの世でたった一人だけ。それもあのラブリーなエプロンをつけた時だけね)
 こんな風にして人は次の章で生きていくんだと思った。
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 あれから一年、今夜の月も白い満月。信じれば、紙の月だって、本当の月になる。
 そこに愛があると信じれば、それが見えないものであっても、本当の愛が語りかけてくる。(たぶん)

「おうい、いくぞ」

 彼が呼んでいる。今夜のディナーはお好み焼き。歩いて10分のところに、自宅の一部を改装したような美味しい店があるのだ。

 キャメルのコートを羽織り、外へ出た。ポケットの中に何かある。取り出してみると、キャンディだった。なんで、キャンディが?そうしてあの夜のことにたどり着いた。包み紙を破いて口に入れたら、ニッキの味が広がった。
 神様の悪戯も悪くない。
 急に可笑しくなって、くすくす一人で笑った。

「何かいいことでもありまっか?」
「うん、今夜は満月や。月のうさぎがえろうはっきり見えますなあ」

 覚えたての大阪弁はとりあえず使ってみたくなる。それは、覚えたての英語を使った時と同じ、くすぐったさを連れてきた。

彼がうさぎというのなら、月にはうさぎが住んでいるねん。
うさぎ王国、万歳!

 いつの日か、名前も住所も消えてしまっても、そこに月さえあったら、私は、たどりつけるだろう。
 彼がそばにいるかぎり。きっとね。
                                                 Fin
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by soranosanngo | 2011-08-27 10:32 | ペーパームーン(恋愛小説) | Comments(2)

 
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その店は、そっけない古い5階建てビルの地下一階にあった。エレベーターはもちろんない。

 給料日がきて、すぐのデートはここが多い。
 看板メニュウの一週間煮込むというビーフシチュウは二人のお気に入りだった。ナイフとフォークで一応食べるが、お箸でも切れるくらいの柔らかさのお肉。たぶん歯がなくなっても、食べることが出来るだろう。

「ワリカンにしようよ」
 私の申し出に、彼はいつも笑って首をふる。

 二人で5000円というのは、彼のそう高くはないであろうサラリーを考えると、なんだか申し訳なくて、それでいて、そんなことに愛されているという変な理屈を無理やり当てはめて、心の中で小躍りする。
 小躍りする小人の住む部屋で女は愛を育てるものだ。
 女の愛は矛盾と幻影の二本柱から成り立っている。いや、もちろん、その柱は増えたり減ったりしながら、落ちてきそうな天井を無邪気に支えているのだ。

 階段の途中の踊り場に背の高い観葉植物がある。
 薄暗い場所から一生懸命背を伸ばしているようで、健気だ。

 良く見かける植物だが、名前はなんといっただろう。
 知ったところで、取るに足らないことではあるが。

 無垢の一枚板でできたドアはずしりと重い。
 体重を預けるように肩で押すと、やれやれといったかんじでそれは内側に開く。低く流れるジャズのBGMが出迎えてくれた。
 聞き覚えのあるメロディ。
 ペーパームーンだっけ。
 思い出したところで取るに足らないことだ。

 一見取るに足らないものが実は大切なものだったりすることがあるけれど。

 機嫌よさげな静かなざわめき、そして食欲をそそる濃厚な香りが瞬時に混ざり合う。店の柱を舐めてみたら、きっと美味しいだろう。もう大人になってしまったので、出来ないのがちょっぴり残念。

 小学生のころ、校庭に大きないちょうの樹があって、友達とその樹の根を掘り起こして、かじりながら下校した。ほのかに香ばしい味がしたっけ。「ニッキだよ」とその友達は言った。そうか、ニッキというのか。あの時、ニッキは樹の根という概念が、私の中に植えつけられた。

 今考えてみると、いちょうの樹の根がニッキなんて奇妙なことだ。いちょうではなかったのだろうか。あの校庭にはまだニッキが埋まっているのだろうか。確かめる術はない。 幾度も繰り返した転校のせいで、一体どの小学校だったのか、ぼやけてしまっている。名前も住所も分からないでは探せないではないか。

 ニッキがシナモンと同義語と知ったのは、つい最近、シナモンティーを飲んだときだった。こんな風に神様は誕生日でもないのにプレゼントをくれることがある。いつか名前も住所もわからない場所も教えてくれるかもしれない。

 彼は、私より、きっかり、たぶん、10分前に着いていて、奥のボックス席で、いつものようにハヤカワ・ミステリの文庫本を読んでいた。

 私が「待った?」 と言って彼の正面の椅子に腰をかけると「さっき来たところ」 と答えるのはいつも通りのこと。

「さっき」の概念は10分より長くても短くてもいけない。

 秩序を重んじる公務員か。
 いや、勤続5年のしごくまっとうなサラリーマンである。
<改ページ>
 私達はいつも決められたとおりにドアを開け、決められたようにそこで遊び、満たされ、そして決められたように別れていく、ただそれだけのことに5000円を払う。
それが高いのか安いのか…。価値がなくなったら、ドアを開けなければいい。

「今日、電車の中で、ハイヒールに足を踏まれてさ、もしかしたら、小指が折れているかもしれない」彼がそう言えば私は有能な看護婦になる。

 一緒に見た映画の話題になれば、私はスクリーンになって映画を再現してみせる。

 彼が嫌いな付け合せの人参のグラッセを、私の皿に潜り込ませたら、私は物分りの良い母親になる。
 彼がいまだ要求しない役は、たったひとつだ。それは婚約者。


 なぜそれを彼は要求しないのか。
 そして私はその役を望んでいるのか。

 次の章の大事なシナリオがそこにあるのに、二人はあえて、それを読むことをせず、いつのまにか、三年が経ってしまった。
 あと三年経ったら、私は三十歳になる。

 たぶん、私は怖いのだ。次の章が、突然、最終章になってしまうのではないかと。

 考えてみると、配役を決めるのはいつも彼だった。私はその役を演じるのが愛だと思ってきたけれど、本当にそうなのだろうか。役を降りたら、残っているのは、本当の自分だけ。本当の自分って…。

 舞台裏で、化粧を落としてみたら、素の自分になれるのだろうか。

「転勤の辞令が下りたんだ」
「えっどこ?」
「大阪」
「大阪か…遠いね」
「遠くないよ。東京から新幹線であっという間さ」
「…そう、だね。マフラーが一本編めるくらいだね」

月に一本、一年で12本。私の愛をむりやり押し付けられて、苦笑している彼が目に浮かぶ。そのうち、クローゼットの中をマフラーで一杯にしてしまおう。

やっぱり大阪は遠いよ。

遠距離恋愛の女、うまく演じられるかなあ……。

ビーフシチュウはいつもより、味が濃かった。煮詰めすぎじゃないの?

 ビーフシチュウの皿がさげられ、デザートが運ばれてきた。今夜のケーキはガトーショコラだった。

「人参のグラッセは食べないくせに、ケーキは好きなんだね」
「ああ、甘いデザートはいいけど、甘い食事はちょっとね」
「じゃあ、お正月の黒豆や栗きんとんは?」
「デザートだって言われれば食べるけど。食事と言われたら食べないだろうなあ」
「…へりくつ。私なんて小さい頃甘い黄粉を白いご飯の上に振り掛けて食べてたんだから」
 それを聞いて彼は顔だけで「うえっ」と言った。いや、いや、あれはあれで美味しいんだから。けれど、やっぱり食事というよりデザートに近いかなあ。へりくつにも、一分の理屈あり。

「俺なら黄粉より、マヨネーズかなあ」
「マヨネーズはサラダじゃないの?」
「ライスサラダという手もある」

 コーヒーを飲みながら、ご飯に合いそうなとんでもないトッピングをいろいろ考えて、笑いあった。へりくつの効用…笑い。
 けれどやっぱり、黄金のトッピングは「めんたいこ」もしくは「納豆」という考えに落ち着いた。へりくつは嫌いじゃないけど、正しい概念の上はやはり落ち着く。

 コーヒーを飲み干し、キャメルのコートを着る。彼はオフホワイトのバーバリーのシングルのコート。おととしのボーナスで買ったらしい。そういえば、今夜のネクタイは去年のクリスマスに私があげたものだった。紺地に白い小さなドット(水玉)柄のネクタイは、へりくつが好きな人によく似合う。

 彼が会計する。
 いつ見てもここのウエイトレスのエプロンはラブリーだ。
「不思議の国のアリス」がしてるような、フリルが付いてる白いエプロン。可愛すぎて私にはたぶん似合わない。けれど一度くらいは着てみたい。似合うか、似合わないかを決めるのは、そう、唯一人だけ。
 レジ横の籐のトレイの中からキャンディをふたつ選んだ。包み紙を破り、口に放り込んだらミントの味が広がった。もうひとつを彼に渡そうとしたら「いらない」というので、私は仕方なくコートのポケットに入れた。
<改ページ>
 店の外に出ると思いのほか寒かった。
 階段の上の四角い空に白い満月が浮かんでいた。
 あれは本当に月?奥行きのない絵に浮かぶ紙で作ったぺらぺらの月ではないだろうか。そもそも月になんて行ったことのない人間がそれが球であることを信じていること自体、紙のように心もとない概念だ。
 私は急に確かめたくなって、階段を駆けあがった。そして踊り場にいた彼の背中に抱きついた。

「連れてって」
「連れてって、いいの?」
「連れてってほしい」
「じゃあ、連れてく」

 あんまり簡単に言うから拍子抜けしてしまった。人生の扉は押さなければ開かない。押すか押さないかは、ほんのささいなタイミングかもしれない。
 押してみたらあの店の重たい一枚板のドアより全然軽かったことに、やっぱり私は拍子抜けした。
 しばらくそうやって彼の心臓の鼓動を背中越しに聞いていた。心臓が動いているのを見ることはできないけれど、動いているのを感じることはできる。
 愛も同じ。見ることはできないけれど感じることはできる。愛は、あたたかい。
 そして月は、まあるい。愛しく想う気持ちは球体。
 完全なる球体ではなく、ほんの少しのいびつさを備えた球体。だから真っ直ぐには進まないのだ。
「ベンジャミンだね」
「えっ?」
「この観葉植物さ」
「アメリカ人?」
「かもね」
 名前が分かったところで、まさにそれは、とるに足らないものだけど、私はその健気な傍観者に心の中で「バイバイ」と言った。
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 恋人たちの章は終わり、新しい章が始まった。
 私は新しい土地で、新しい苗字と新しい役を手に入れた。
 魚屋で「おくさん」と呼ばれ、公園で「おばちゃん、ボールとって」と少年に言われ、最初はどきっとしたものの、それにも大分慣れてきた。
 もう、「おじょうさん」にも「おねえさん」にも戻れない。
 そうそう「アリス」という名前も手に入れた。(その名前で私を呼ぶのはこの世でたった一人だけ。それもあのラブリーなエプロンをつけた時だけね)
 こんな風にして人は次の章で生きていくんだと思った。

 あれから一年、今夜の月も白い満月。信じれば、紙の月だって、本当の月になる。
 そこに愛があると信じれば、それが見えないものであっても、本当の愛が語りかけてくる。(たぶん)

「おうい、いくぞ」

 彼が呼んでいる。今夜のディナーはお好み焼き。歩いて10分のところに、自宅の一部を改装したような美味しい店があるのだ。

 キャメルのコートを羽織り、外へ出た。ポケットの中に何かある。取り出してみると、キャンディだった。なんで、キャンディが?そうしてあの夜のことにたどり着いた。包み紙を破いて口に入れたら、ニッキの味が広がった。
 神様の悪戯も悪くない。
 急に可笑しくなって、くすくす一人で笑った。

「何かいいことでもありまっか?」
「うん、今夜は満月や。月のうさぎがえろうはっきり見えますなあ」

 覚えたての大阪弁はとりあえず使ってみたくなる。それは、覚えたての英語を使った時と同じ、くすぐったさを連れてきた。

彼がうさぎというのなら、月にはうさぎが住んでいるねん。
うさぎ王国、万歳!

 いつの日か、名前も住所も消えてしまっても、そこに月さえあったら、私は、たどりつけるだろう。
 彼がそばにいるかぎり。きっとね。
                                                 Fin
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by soranosanngo | 2011-08-27 10:12 | Comments(0)

雨の日の再会

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「ああ、今日は雨か」
 宅配業者にとって雨の日はいつもの倍くらい気も使うし時間もかかる。
 舟津は自然にためいきが出た。舟津が最近転職してきたこの運送会社は、社員2人の小さな個人経営の会社だ。給料は安いが、社長はじめ他の社員がいい人そうなので、今度こそ長続きさせようと密かに張り切っていた。

「船津君、今日は雨だから、これ持ってってね」
 そう言って社長が一本の黄色い傘を船津に手渡した。
「あの、前から聞こうと思っていたんですけど、どうして雨になると黄色い傘を持たされるですか」
「あれえ、そうか船津君にはまだあの話してなかったっけ」
 そういって事務所の壁に飾ってある額縁を指差した。その額には昔使われていたという五百円札が一枚収まっている。

 そして、なんだか大事な内緒話でもするかのように社長は声をワントーン低くした。

「これはね、信じられんかもしれないが、おれが体験した本当にあった話なんだよ」
 そういって遠い目をして話し出した。
     ◇
 もう30年も前になるな。
 その頃この会社を立ち上げたばかりで、おれは仕事を目いっぱい引き受けて毎日時間に追われるように働いていたんだよ。

 あの日も朝から結構な雨が降っていた。
 たくさんの荷物をかかえていたが、もう日も落ちてきて内心あせっていた。このまま海沿いの国道を走りトンネルをいくつか通らなければ隣町にはいけない。
 自然、アクセルを踏む足にも力が入っていた。

 しばらく行くと、フロントガラスの左端におばあさんがよろよろと歩いているのが目にはいった。
『危ないなあ』と思った瞬間そのあばあさんは持っていた傘を放りだすようにして前のめりに転んだ。
『大丈夫かなあ……』いったん通り過ぎたが、無性に気になっておれはバックミラー越しにのぞいた。
 おばあさんは手をついたまま動かない。どうする。助けようか。

 でもここで戻ったら確実に仕事のロスだ。

 何秒か心の中で葛藤があって結局おれはUターンをしておばあさんの所まで戻った。
 車から降りて、たまたま車内においてあった黄色い傘をさし、おばあさんに声をかけた

「大丈夫ですか」
「ご親切にどうも・・・すべって転んでしまって、足が痛くて一人では起き上がれそうもないんです」
 そこでおれはおばあさんを後ろから抱きかかえるようにして、とりあえず車の中に避難させた。
 おばあさんのびしょびしょになった巾着袋と傘も一緒に。
 驚いたことにその傘はあの時代劇か温泉宿でしか見られないような蛇の目傘だった。所々穴もあいている大分古いもののようだった。
 後ろのシートに座ったおばあさんにタオルを渡して訊いてみた。

「こんな雨の中いったいどちらへ行こうとしていたんですか」
「はあ、実は孫のお迎えに保育園まで行こうと思いまして」
 こんなところに保育園なんてあったかなあと思い、おれは首をかしげた。
「その保育園まで送りましょうか」
「ご親切にすみませんね。たんぽぽ保育園というんですが、ご存知ですか」
 たんぽぽ保育園・・・聞き覚えがあるぞ。
 そうだおれが通っていた保育園じゃないか。
 確か駅の向こう側だったな。ここから10分ほどで行けるか。

「偶然ですね。おれもたんぽぽ保育園に通っていたんですよ。もう大分前のことですがね」
 両親とも共稼ぎで忙しかったため、いつも祖母が送り迎えしてくれていたんだった。懐かしいなあ。
 こんな日は【あめあめふれふれかあさんが~蛇の目でお迎えうれしいな~】ってよく歌ってくれた祖母。
 おれが4歳の時、病気で亡くなってしまったが。
 めったにもう思い出すこともなかった優しかった祖母の思い出が一気に吹き出してきた。するとそのおばあさんの小さな歌声が後ろのシートから聞こえてきた。
「あめあめふれふれかあさんが……この歌ご存知ですか?」
 おれはすっかり嬉しくなって運転しながら一緒に歌った。
 記憶の糸をたどって「赤とんぼ」「ぞうさん」「シャボン玉」など次から次へと口をついて出てくるから不思議だ。
 そういえばみんな祖母に教えてもらった歌だった。

 日々たまっていた仕事の疲れが少しとれたような楽しい時間だった。

「この辺りだったと思うんだけど」保育園が見えるはずだった。けれど不思議なことにいくら走ってもそれは見つからなかった。
「おかしいなあ」知ってるはずの道なのに、保育園が見つかるまで、結局30分ほどぐるぐると走ってしまった。こんなところで迷うなんて、おれもまだまだ修行が足りんなあと心の中でひとりごちた。

「おばあさん、着きましたよ。でも、その傘じゃ濡れてしまいませんか。よかったらおれの傘持ってって下さい。気にしなくていいですよ。安物ですからね」
「まあ、なんてお優しいこと。嬉しいです。お手間とらせてしまって申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ、なんだか童心に帰って昔の歌を久し振りに歌いました。楽しかったです。足は大丈夫ですか」
 おれは保育園の前でブレーキをかけて車を止めた。
 そして驚愕した。
 なぜならさっきまでそこに座っていたおばあさんがいなくなっていたからだ。


 えっ? どういうことだろう。もしやもう降りたのかと思って保育園の門まで歩いていき、また驚いた。
 保育園の門には【立ち入り禁止】の看板があり、子供達のかげも形もなかった。雨に濡れたブランコが所在なさげに風にゆれていた。
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 たんぽぽ保育園はもうやってない・・・。
 車に戻ってうしろのシートに回ってみると残されていたのはあの穴だらけの蛇の目傘と【お小遣い】と書かれた封筒がひとつ。
 中にはしわくちゃの五百円札が一枚入っていた。
 おれの黄色い傘はなくなっていた。
 『頑張って修行するんだよ』
 どこからか、懐かしい祖母の声が聞こえてきた。
「ばあちゃん、ばあちゃんなのか?」
 オカルトめいた話にそれまでまったく縁のなかったおれは、今体験したこの事実を前に混乱した。
 混乱しながらも、仕事に戻ったんだ。
 が、海沿いの国道をしばらく走ると最初のトンネルの手前で車を止めざるをえなかった。
 警官がたくさんいて通行止めになっていたからだ。

「ああ、このトンネルは落石があって今通れませんよ」
 と一人の警官が教えてくれた。
 見ると直径が3メートルもあろうかという大きな石がトンネルの入り口をふさぐようにあった。

「30分前のことですよ。あなた、来るのが遅くて助かりましたね。あんな大きな石が直撃していたら車なんてぺしゃんこでしょうなあ。長雨で地盤がゆるんでいたんでしょう」
 とその警官は付け加えた。
 30分前っていうと、あのおばあさんに会わなかったらちょうどおれがそこを通っていたような時間だ。おれは背筋が冷たくなると同時に心の中で手を合わた。
 ばあちゃん、助けてくれてありがとう・・・と。
      ◇
「この不思議な体験をして私は雨の日は必ず黄色い傘を持つようにした。だから社員さんにも付き合ってもらうんだ。まあ、安全を祈ってのお守りがわりかな。またあのあばあさんに再会できるかもしれないしね。そしたらあの時もらった五百円のお礼も言えるだろう」

 そう言って社長は笑った。
 その時壁に飾られていた五百円札の中でおじさんがウインクした。したように見えた。船津は目をこすった。
 そして『そのおばあさんは本当に社長の亡くなったおばあさんだったんですか』と聞こうとしてやめた。そんなこと聞くまでもないかと思ったからだ。
 今年はお中元の配達で忙しかったから帰省できなかったけれど、来月の休みには久しぶりに実家に帰って墓参りでもしようかと、ふと思う舟津だった。
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by soranosanngo | 2011-08-12 20:26 | 雨の日の再会 | Comments(0)

自由律俳句です♪

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もしも世界が今夜終わるなら、参鶏湯(サムゲタン)を食べる


ああ、そうだ、小さいころ綿菓子屋さんになりたかった


どこかにきっとあると時々さがしてみるうちは、たぶん大丈夫


時代が君にやっと追いついたと思ったら、あっという間に抜き去った


昆虫の屍(かばね)こそ美しい


風はいつも吹いているのに

イヤリングするときまって痛くなる、うすい耳たぶ
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☆写真は私が育てていた「フクシア」です。別名「女王様の耳飾り」ともいわれています。バレリーナが踊っているようにも見えませんか?

ほとんどがめったに使わない私の筋肉


テーブルの下に脱いだままのスリッパ、ポツンと


むこうみずという水、あったら飲んでみたい


シャーペンよりも先のまあるくなった鉛筆が好き


いちご味の香り付き消しゴム、かじったら超不味(マズ)


君の心のふるいにようやくしがみついている、落ちたらきっと楽だろうに



ワイパーを最速にしても効かぬ雨の号泣


ひぐらしの妖かしのような声、西日逃れた森に呪文する


ふくらんだカーテンの中に午後の気紛れ


シルクロードの天山南路に砂漠の漁師がいる


フライパンを揺らすアサリの断末魔


色水、色を足すたび、にごります


なにもこだわらないというこだわり


アホウドリの夢は大きいほど助走は長く!
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by soranosanngo | 2011-08-06 12:52 | 自由律俳句 | Comments(0)

140字の小さな物語

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☆ひきこもり
私がいるのは、自ら吐いた柔らかな絹糸で紡いだ丸い世界の中。
薄闇は平安を呼び、孤独は瞑想をくれる。
ひきこもりになるのも悪くない。
そしていつしか私は生まれ変わり、
ついに繭(まゆ)を破るだろう。
狭き門より出でて、恋をするために!

☆がらくた 
朝からハズバンドが怒っている。
おまえはおれの大切なものを
なぜ、断りもなく捨ててしまうのかって…。
だって私にとっては、ただの「がらくた」ですもの。
そもそも大切なものを顧みないのは、あなたのほうでしょ。
愛が「がらくた」になったら、もう捨てるしかないようね。
私はリボルバーの引き金を引いた。

☆お気に入りの毛布
残されたものは、かなり年季の入った青い歯ブラシが一本だけ。
失恋のオブジェにしては、これ以上ないくらいにわびしいわ。
風邪をひいたのは、心が寒くなったからって?
いいえ、単にお気に入りの毛布を失くしたからよ。
恋を失くしたんじゃない、毛布を失くしてしまっただけ。

☆ソルト&シュガー
あなたの目玉焼きには塩を多めに。コーヒーには砂糖たっぷり。
あなたを濃い味党にするために十年かかったわ。
私は昨日届いた郵便をびりびりに裂いてゴミ箱へ捨てる。
そこには【要再検査】というあなたの健康診断の結果が記されている。
ソルト&シュガーは静かなる毒薬。「あなた、ごはんよ」

☆画家の妻
日本画家にとって岩絵の具は大切なものだ。
妻の唇は珊瑚の赤色。
胸元が大きく開いたバロック調ドレスはラピスラズリの瑠璃色。
これは巴里で買い求めたものだった。
妻が死出の旅に出かけてから半世紀。
今でも面影は鮮やかにここに存在する。
いや岩絵の具は時を経てますます輝きを増すのだ。
カンバスの中では君は色褪せない

☆鐘楼の鐘が聴こえる
ヴェネチア、サンマルコ広場の鐘楼の鐘が鳴る時、
鳩が一斉に飛び立つ。
カフェのボーイが積み上げられてあった椅子を並べ出す。
「ここのエスプレッソはゲーテも飲んだのよ」
あの日君はそう言って微笑みをくれたっけ。
君の面影を捨てに来たのに、皮肉だね、拾ってばかりだ。
もう一度やり直せるだろうか。
聴力を失った僕の耳に聴こえる……リ・スタートの鐘。
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☆アパルトマンにて
「私の作るシャネルスーツのこと、寸足らずのできそこない!ってこけ下ろすの。フランスモード界の石頭!時代遅れ!」
新参者に逆風が吹くのは世の常。
「ココ、そんな奴らのこと気にすることないよ。だって君はモード界の新女王になるんだから」
「アラン、あなたは偉大な預言者?」
「いや、21世紀からやってきた、ただのジゴロさ」

☆散歩
犬を連れた人々が行きかう日曜日の公園。
「こんにちは、最近景気はどう?」
「うちの主人なんてボーナス、カットよ。美容院だってなかなか行けなくなっちゃたわ」
「お互い、健康だけには気をつけなくちゃ。病気になったら医者にもかかれないかも」
「そうね、頑張って歩きましょう。人間の散歩も楽じゃないけどね、ワン」

☆かりそめの恋
月のぶらんこをこぎながら、今宵の逢瀬に想いを馳せる。
無伴奏チェロの響は、かりそめの恋を奏で、
ヴィオロンのささやきが涙を誘う。
貴男はきっとこう告げる。
「もう終わりにしよう」
うなずく私。
世界は永遠に闇に閉ざされる。
私は夜を司る女神。
貴男を太陽になんて渡さないわ。

☆ローズマリー
今晩のメニュウは鶏肉のオーブン焼き。
オリーブオイルとローズマリーに漬け込むのが
妻のレシピだった。
妻の遺した庭のローズマリーはもうこんなに大きくなった。
まだ高校生だった娘も明日は嫁にいく。
ローズマリーの株分けをして、もたせることにしよう。
「君に似て、いい男を捕まえたよ」

☆影
黒ミサに参加ご希望とか?
不幸に落としいれたい人がいらっしゃるのですね。
わかりました。
あなたの憎しみが本物ならば思い通りの呪いがかかるでしょう。
けれどお忘れにならないでね。
悪魔に魂を売るということはご自分の影を失くすということ。
満月の夜はもう外をお歩きにならないほうがよろしいわ。

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☆愛に捧ぐ
君のその冷たい瞳に見つめられ、僕は一瞬で恋に落ちた。
鮮やかな緑のドレスに身を包んだ美しい人よ。
結婚は恋愛の墓場っていうけど、本当だったんだね。
でも僕は君を愛したことを後悔なんてしない。
喜んで君に食べられよう。
それが、かまきりの男の運命ならば。

☆旅人
長い坂道を大きな荷物を背負った旅人がひとり。
汗がしたたり落ち、足は重くなるばかり。
けれどここで休んだら二度と歩けなくなるかもしれない。
その時だった。
ふっと風が背中を押した。
君…なんだね。
愛しい人の笑顔を思い出す。ひとりだけれど孤独じゃない。
そして次の一歩を踏み出した。

☆きゅうくつ
こたつの中でひしめく兄弟の8本の脚。
蹴った、蹴らない、のくだらない喧嘩の絶えない狭い空間がわずらわしかった、あの頃は。
今、私は一人暮らし。
こたつを独り占め。
静かな自由を手に入れた。
嫌いだったあの冬の夜が懐かしいのはなぜ?
「きゅうくつ」ってあったかかったんだ。

☆抱擁
戦うためにその刃を研ぎ澄まし、
強さの証拠を振りかざし、生きてきた俺。
しかし愛を知ってしまった今、そんなものに何の意味があるの
だろうか。
この肥大化した蟹のはさみで、君を抱けばきっと傷つける。
そんな不器用な愛を、君は受け入れてくれるだろうか。

☆霧
「待て」どこからともなく声がした。
山道に迷い、霧の中を闇雲に彷徨ってきたが、我にかえり立ち止る。
足元の熊笹がざわめく。
すると霧が何かに追い立てられるように晴れていく。
自分が立っていたところは…崖っぷちだったことに漸く気づいた。

☆贈り物
ぼくのおばあちゃんは病気でいつも寝ています。
時々目を開けて「庭の梅は咲いたか」と聞くんだけど、まだ蕾は開きそうにありません。
おばあちゃんに花を見せてあげたいなあ。
梅の木の下でぼくはうぐいす笛を吹きました。
昔おばあちゃんに買ってもらった笛です。
「ホーホケキョ」

☆ ラッキー?
ヤッホー!
珍しく今日は赤信号に引っかからないで職場に着いた。
道も空いてたし、なんてラッキーなんだ。
と、思ったら今日は日曜日だということに気づいた。
ああ、なんてアンラッキーなんだ。
それとも、やっぱりラッキーか??

☆携帯電話
携帯電話は確かに便利だ。
日本では小学生にGPS機能付きのそれを持たせることが、いざという時、役に立つと言われ、普及しているらしい。
いざというとき…もう俺の出番じゃないということか。
それに、公衆電話のボックスが激減してる。
これじゃ、変身できない。
時代の波の中にスーパーマンは消えていくのだろうか。

☆おそろい
私の名前はチェ。
私はリー。
私達双子の姉妹です。
みんなからチェリーって呼ばれてる。
一卵性だからそっくりよ。
靴も服もおそろい。
実はね、ここだけの話、彼氏もおそろい。
私達がまさか双子だなんて気づいてないでしょうねえ。
彼はアップルっていうの。
-僕の名前はアップ。僕はル。双子さ。
おそろいが好きなんだ―

☆島
点々と浮かぶ島影。かつての繁栄は去り、行きかう船もなし。
無常の風が吹きすさび、大地は荒れ果て、沈みゆくのも、もう時間の問題だった。
そこへ救世主が現れた。
よその国から島ごと移植するという大工事が行われ、そして見事成功。
ありがとう。
私のランゲルハンス島は新しくよみがえった。

☆アンテナ
春はもうそろそろかなあ。
ボクはおそるおそるアンテナを伸ばす。 
この間は雪が降ってて、風邪ひきそうになっちゃった。
時々、季節のいたずらにびっくりする。  
今日は暖かいから、もう一ミリ、アンテナを伸ばそうかな?  
ボクはちゅうりっぷの芽。
緑のアンテナ。


☆時のふるい
悲しみは時のふるいにかけられて、その粒子を小さくする。
こんぺいとうのような尖った角もいつしか丸くなり、思い出の海へと流れていく。
ふるいに残ったのは、希望だろうか。
時々私はふるいをゆする。
残った希望の音を聴くために。

☆いつだって
普段は忘れてくれていい、僕の存在を。
君が輝くような朝日のなかへ飛び出していくのを
黙って見送ろけれど人生晴れの日ばかりじゃない。
雨の降る日はぼくのことを思い出しておくれ。
ぼくはいつだって君の傘だよ。
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by soranosanngo | 2011-08-04 16:20 | ツイッター小説 | Comments(0)

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第一章☆失恋にはサラボーン
『和彦のばかやろう。』

 私たちの10年って一体なんだったのよ。
 できちゃったって何?
 ひどい、ひどすぎるじゃない。
 ああもう、私立ち直れないよ。
 今日はまっすぐ家にかえる気分じゃない。
 まだ「止まり木」やってるかな。
 蓮さんに愚痴ろうか・・。


 カランコロン……
 バー「止まり木」には、都合いいことにマスターの蓮さん以外に誰もいなかった。

 BGMは、ナットキングコールの「LOVE」。
 今日はそんなノリじゃないのに。
 サラボーンでもかけてよ、蓮さん。

「おう、いっらしゃい。今日は一人なんや?」
「こんばんは、蓮さん。一人で悪い?私もうこれから永久に一人かも。」
「どうしたの?和彦と何かあった?」
「おおありよ。あいつ、若い子と浮気してたんだ。で、その子が妊娠したんで、結婚するんだって。信じられないよ、私。」
 いけない。涙出そう・・。
 女40歳でどうやって次の恋をみつければいいのよ。

「まあ、香ちゃん、くよくよせんと。香ちゃん、ホンマのとこ、まだまだいけてるし。長い人生そんなこともあるんちゃう。今はショックだろうけど。そんな時はお酒飲むにかぎりまっせ。」
「うう・・。じゃあ、焼酎ロックで。」
「相変わらず男前な注文ですな。了解。そういえば、今日新しい銘柄の焼酎が入ってきたんだっけ。・・ああこれだ。・・・・・予知夢。なんか面白いネーミングだよね。ははは。」
「いいから、早く作ってよ。」
 マスターの蓮さんは、相変わらずおしゃべりだ。

 でもとりとめのないおしゃべりでもしていないと、泣いてしまう今夜は。


「でも何でや。和彦君って浮気するタイプちゃうかったよなあ。香ちゃんに一途って感じやったし。ほんまのとこ、いつ結婚するのんかって思ってたのに。男と女はわからんもんやね。」
「何、じゃあ蓮さん、浮気させた私が悪いっていってんの?」
 和彦と私は同期入社の同僚だった。かれこれ付き合い始めて10年になる。その間2回ほど、別れたけれど、腐れ縁っていうのかなあ。確かに最近、セックスレスになっていたかも。

「ねえ、蓮さん男の人はセックスレスに耐えられないの?」
「う~ん。難しい質問やね。愛がなくても、セックスできる、そんな男が多いことは事実かもしれんね。」
 そんな。
 じゃあ和彦が浮気したのは、私に原因があるっていうの?
 確かに相手の子は今年入ったばかりの派遣さん。
 まだ20代なかばってとこかな。
 若さを比べたら、私なんか太刀打ちできない。

「香ちゃんとこの会社、一応一部上場やんか。派遣の子たちは未来のダンナみつけに来てるって話聞いたことあるし。もしかして和彦君、そんな子につかまったんかもな。」

 ああ、もうどうでもいいや。
 私の青春返せ~。
 女の30代をナンだと思ってんのよ。
 利子つけて返しやがれ~!

「ああ、なんか空しいね。蓮さん。」
「まあ、飲んで。今日はもう閉店にしたさかい。最後まで付き合ったるわ。」
 と蓮さんはウインクした。
 ありがとう。蓮さん。
 今夜はとことん飲むぞ。
「蓮さん。おかわり~。」
「はいはい、でもなんかお腹に入れへんと悪酔いするぞ。ほい、タラモサラダ。」
「私の大好物だ。蓮さん知ってたの?も~蓮さんでいいや、結婚してよ。」
「あーあ。もう悪酔いしとんか……」

第二章☆これって予知夢?☆

 翌日、7:00a.m.。
 
アラームの音で眼が覚めた。
 とたんに、ひりつく喉が水を欲して悲鳴を上げる。
 私は冷蔵庫をのろのろと開け、エビアンのボトルから直接水を飲んだ。喉が喜びの声を上げる。

「はあ~。」どうやらそんなに酷い二日酔いではなさそう。
 ちょっと頭がふらつく程度。
 でも、なんだか会社に行く気になれず、電話で休む旨を伝えた。

「今日は特別な会議もないし、たまにはずる休みしてもいいか。」
 と一人で納得する。
 エスプレッソマシーンにコーヒーと水をセットしながら、昨日の記憶の糸を手繰り寄せてみる。

 そう、確か、蓮さんにタクシーで送ってきてもらったんだ。
 はて、それからは・・・覚えていない。
 その時テーブルの上に一枚のメモ書きを見つけた。

 『鍵はポストに入れておきます。蓮』

 そうか。蓮さんったら、何もしないで帰ったんだ。
 蓮さん。あんたは正しい選択をした。
 アブナイ、アブナイ。

 私は大事な止まり木を失うところだった。ありがとう、蓮さん。


 シュンシュンとコーヒーマシーンが湯気を立て始める。とたんに、芳しい匂いが立ち上る。
カップに注ぎ、一口飲んだら、頭もしゃんと生き返るようだ。

『なんか、夢みたような…。なんだっけ? うーん思い出せないや。』
 でもそんなに嫌な夢ではなかったような気がする。
 これから、どうしようか。
 洗濯でもしたら、街をぶらぶらしてこようかな。

「こんにちは。管理人さん。」
 マンションのエントランスで管理人さんが掃除をしているのに出くわした。

「あら、佐々木さんこんにちは。めずらしい時間に出勤なのね。それとも今日はお休み?」
 格好盛ればわかるでしょ?ジーパンにTシャツで会社行ったらびっくりされるよ。

「はい。お休みなんです。いってきます。」

『あれ、なんかこの会話、前にもしたことあるようね。デジャブ?』

 私は歩きながら、頭の中の海馬を総動員し、記憶の手掛かりを捜した。

『そうだ。夕べ夢で見たんだった。そう、確かに。』


 マンションの自動扉を出て、左に踏み出した。いつも会社に行く方角とは反対方向である。
 5月とはいえ、まぶしい日差しがふりそそぐアスファルト。私はうつむき加減で、夕べの夢の続きを思い出しながら歩き出していた。

「イタッ。」
 一瞬何がおきたか分からず、私は転んでいた。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 その声に顔を上げると、男の人が心配そうに大きなダンボールを地面において駆け寄ってきた。
 どうやらこの人にぶつかってしまったらしい。
「あっひざすりむいていますね。申し訳ありません。もし良かったら僕の店で手当てさせてくださいませんか。」
「大丈夫です。私も下を向いていたので。」

『ビンゴ!このシーンそのまま夕べの夢とそっくりだわ。』

『まさかね。これじゃあデジャブじゃなくて、まるで予知夢みたいだわ。』

「申し遅れましたが、僕ここの店のオーナーです。」
 そこは、もうすぐ開店とおぼしき店だった。
 シックなレンガ調でサイディングされた入り口。
 私は彼に勧められるままに、店に入っていった。

「どうぞ、お座りになっててください。今救急箱持ってきますから。」
 中に入るとダンボールの山の片隅にちょっとしたカフェスペースがあった。
 霧が晴れていくように、夕べの夢がフラッシュバックしていくのを感じていた。

 名刺には確かこう書いてあるはずだ。

『boutique heaven 天 光一郎』
 それを見て私が「これって本名ですか?」と言って二人で笑ったんだった。

 そして、そして…

 このことがきっかけで、二人は付き合うようになるんだ!


…まさしく、その予知夢のように、それらは現実となった…

第三章☆出来すぎた恋人☆ 
 10年越しの恋にやぶれ、傷ついていた私は急速に光一郎に惹かれていった。
 でも本当に好きか問われたら、即答はできなかっただろう。

 誰かによりかかっていなければ、立っていられなかったんだと思う。不純な恋の始まりだった。
 けれど半年もたったころには、和彦のこともあまり思い出さなくなっていた。
 風のうわさで、結婚は早くも失敗し、離婚したらしい。
 ザマアミロ……モトカレの不幸は密の味。光一郎は非のうちどころのない恋人だった。顔は福山雅治似。かといって全然いい男ぶらないし。

 開店したブティックも高級なセレクトショップの割りに売り上げも順調だった。
 たぶん光一郎めあてのお金持ちマダムが固定客になっているのだろう。

 主にヨーロッパのブランドを中心に取り扱っているので、光一郎は買い付けに時々ヨーロッパに出かけていく。

 そんな時にも私におみやげを忘れない。この間はバカラのかわいい鈴をもらった。
その涼やかな音色はまだ見ぬ土地の風をつれてきてくれる大切なものとなった。

「次はガラスの靴を捜してくるよ」
 そんな嬉しい言葉を添えて。

 10年つきあった和彦から、こんな心に響くプレゼントをもらったことがあっただろうか。

 フランス語を流暢に話す光一郎のその低い声はまるで愛をささやいているかに聞こえる。

 心の天秤はどんどん彼に傾いていった。

 そんな時だった。
 デートのドタキャンが続き、女の勘が働いたのは。
 他に女がいる。
 確信はないがそんな黒い疑惑が胸に渦巻きだした。

第四章☆焼酎はロックで☆ 

そんな時、蓮さんのことを思い出した。

 あの不思議な夢のことも話したいし、久しぶりに私は『バー止まり木』のドアを開けた。

 カランコロン……。

「あれ、珍しい人や。いらっしゃい」
 止まり木にとまってる鳥はなし。相変わらずだね。

「ごめんなさい。蓮さん。ご無沙汰しちゃって。元気だった?」
「それはこっちのセリフ。時々どうしてんのやろーと心配してたんやー」
「とりあえず、ビールね」それから私はここ半年の出来事を蓮さんに報告しまくっていた。

 蓮さんは聞き上手だ。
 時々「ふ~ん」「そやねえ」と合いの手を入れながら、グラスをピカピカになるまで拭き続けていた。
 光一郎に他に女がいるんじゃないかっていう所まできて、のどが渇いた。
 おかわりしようとして思いついた。

「そうだ、蓮さん。あの予知夢って焼酎ある?」
 蓮さんの顔がとたんに曇った。
「ああ、あの焼酎か。実はもうないねん。それが酷い話やったんや」

 今度はえんえんと蓮さんがその焼酎についての事の顛末を話しだした。

 かいつまんで言うとこういうことらしい。

 予知夢を作っていた酒蔵が経営悪化で、酒を水増しして、ばれて、結局倒産に追い込まれたらしい。

「まさに焼け石に水を地でいきよった」蓮さんの弁。
 よってもうその焼酎は手に入らなくなった。

「しょうもない話やろ。そやけどちょっと待ってや、残りがあと1本あっったのと違うかな。お客さんには出せへんな、もう」
「えっそうなの?だったら私飲みたい!飲ませて、蓮さん」
 これから私と光一郎がどうなるのか見せてもらおうじゃないのさ。

 ちょっと怖いけど。


「ハイ、どうぞ。」
 予知夢のロック。味は普通なんだけどね。

 私は前に味わった予知夢に関する不思議な出来事も蓮さんに話した。

「そうだったんや。この酒にそんな不思議な力があるとは思えへんけど。」
 蓮さんはすぐには信じられないって顔をした。

「でも世の中には人間の人智を超えた出来事もあるゆうしな。」
「そういえば、この間珍しい人が来んや。」
「誰?私の知ってる人?」
「言っていいんかな。」
「もういってるじゃん。早くいいなさいよ。」
「和彦君や。えらいおちこんどったで。なんか香ちゃんに会いたい言うとった。離婚してたんやてな、和彦君。」
「何よ。今更。どんな顔して会えるっていうのよ。」
「まあまあ、そう言いなさんな。いろいろあってんけど、やっぱり和彦君は香ちゃんのこと、今でも大事に思うとるで。その、洋服屋の男よりよっぽどいいんちゃう?」
 洋服屋じゃないよ、蓮さん。ブティックっていってよ。

 何にしても、今夜は予知夢で光一郎の私への愛を確かめねば。私はピッチを上げておかわりをした。

 その日は前ほど酔わず私は自分の足で家まで帰ることができた。
 念入りに化粧を落として、ベッドに入る。焼酎の酔いも手伝い、私はすぐに眠りの中に引きずられていった。

*****************************

「光一郎、もしかして私の他に誰かいるんじゃないの?」

 ここは…と。光一郎のマンションだ。

 私ったらいきなり核心をついている。勇気あるなあ。

「……」

 黙ってないで何か言いなさいよ。

 光一郎はその長いまつげをしばたかせた。


*************************

「ごめんね。香ちゃん。騙すつもりはなかったんだ。」

「じゃあ、やっぱり、浮気してたのね。」

 あちゃ~女の勘が当たってしまったのか。

「そうじゃあないんだよね。言い難いんだけど、香ちゃんが浮気だったんだ。」

 それから、光一郎はもう何年も付き合っている恋人の存在があることを白状した。

「ひどい。もう私立ち直れないよ。ねえ、うそだって言ってよ。」

 涙があふれてきて、風景がぼんやりと霞んできた。

**************************
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第五章☆コトの真相☆

「おーい。あけるぞ」

 昨日の夜、蓮さんから「和彦君、夕べ香ちゃん様子がおかしかったで。予知夢がなんたらって言ってな」
と電話をもらって、虫の知らせがし、一睡もできなかった。夜はまだ明けきらないが、香のマンションにやってきた。

 携帯もつながらない。

 嫌な予感がする。

 おれは返しそびれたまま
 持っていた香の部屋の合鍵を使って中に入った。

「かおりー!」

おれは寝室へと急いだ。
そこには半年前よりだいぶ痩せた香が寝ていた。
嫌な夢でも見ているのか、眉間にシワをよせて。
早く起きないと、シワがのばせなくなるぞ。
めじりからは涙が流れている。

「香! 大丈夫か。おい、起きろ」肩をつかんでいくらゆすっても眠りから目覚めそうにない。息はしている。なのになんで目覚めないんだ。

とっさに睡眠薬でも飲んだのかって思ったが、それらしき形跡はなかった。おれは、ためらわずに119番をプッシュした。


 救急病院にかつぎこまれた香は、すぐにストレッチャーに載せられて、処置室に入っていく。

 ポツンと一人取り残されたおれは、心細くなり蓮さんに電話した。
 一人で待っていることに耐えられない。
 最悪の事を想像してしまうから。

 廊下の硬いソファーに座ってると、30分位で蓮さんが走ってきた。
「大変やったな、和彦君。で、香ちゃんは?」

「まだ処置室から出てこないんですよ。」
 おれは蓮さんから夕べの一部始終を聞くことができた。

「その予知夢の話、ホントなんでしょうか?」

「うん、そうやねん。でも香ちゃんは信じてたみたいやで。今考えると香ちゃん様子がへんやったし。あんな酒、飲まさへんかったら良かったんや。あほや、おれは。」

「そんな、蓮さんのせいじゃありませんよ。それにその酒のせいだときまったわけじゃありませんからね。蓮さんはその、香の新しい男、洋服屋でしたっけ、知ってるんですか?」

「いや、会った事はない。思案橋のそばの靴屋の隣の店ゆうてたなあ。その洋服屋。」

「香のことも知らせたいし、落ち着いたらあとで一緒に行ってくれませんか。蓮さん。」

「お安い御用や。」

 そんな会話をしているうち、処置室のドアが左右に開いた。ストレッチャーに載せられた香の腕には点滴の針がささっている。

「香ッ。」呼びかけたが、応じない。眠り姫のように眠ったままだった。

「ご家族の方ですか?」
 と医者に聞かれ、おれは言葉につまった。

 すかさず蓮さんが
「家族同然です。それで、どうなってるんですか?」
助け船を出してくれた。


「では検査の結果をご報告いたします。全身くまなく調べましたがこれといってほとんど異常は認められませんでした。」

「じゃあ、どうして香は眠ったままなんですか」

「脳の専門家に調べてもらったところ、脳波のひとつであるデルタ波に若干の異常があったそうです。つまりこの患者さんは寝ているように見えていますが、睡眠をしながら覚醒しているというきわめて稀な状態にいると推測されます。」

「よくわかりませんが、じゃあ、時がたてば、起きるということですか?」

「申し訳ありませんが、現代医学でも予想しかねるところなんです。つまりわかりやすく申しあげればですね。」

 医者は問題を整理するかのように一息はついた。

「患者さんが潜在意識の中で目覚めることを止めているのではないかという結論です」

「つまり、本人がこのまま目覚めたくないと思っていたら、永久にこのままってことですか?」

「そうともいえると思います。」

 そんな、そんなことってあるのか。
 なんで起きたくないんだよ、香。
 もう一度おれに瞳を見せてくれよ。
最終章☆夢か現実、どっちが住みやすい?☆  
 

 光一郎の「浮気相手はお前だ」というショッキングな告白は
私をうちのめしていた。
 もう立ち直れないかもしれない。
 これは予知夢なんだ。
 目覚めたら、同じ事が、今度は現実になるんだ。
 だったらこのまま夢の中にいたらいいじゃない。
 そうだ。そうしよう。このまま一生夢の中に住んでやる~。



 香はそのままICUに入院することになった。
 おれは保険証など必要なものを取りにかえることにした。
「そうだ、蓮さん、さっきの話。その洋服屋にこれから一緒に行ってくれる?」
 蓮さんもショックだったらしい。無言でうなずいた。


 二人で思案橋までタクシーで乗り付けた。

「ああそこや。靴屋があった」隣は…。ええっ?
『空き店舗』の張り紙がしてあるだけで、洋服屋の影も形もないのだ。
 確認のため、靴屋の店員に聞いてみたが、前にあった帽子屋が半年前につぶれてからずっと空き店舗だということだった

「ねえ、蓮さんどういうことかな」
「うん。香ちゃんの話は全部うそということやね。せやけど、うそついてたようには見えへんかったなあ。本気でその洋服屋の心変わりを心配してるようにみえたで」
「おれが悪かったんだ。おれの裏切りが香を追い込んでしまったんだ。それで現実ではない変な夢を見せてしまったんじゃないか?」

 香、許してくれ。
 目覚めたら、一生かかって償いをさせてくれ。
 目覚めるんだ、かおりー!
             おわり

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イラストは 画家・耕太郎さんより いただきました。 感謝申し上げます!
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by soranosanngo | 2011-08-03 13:57 | 予知夢る女(ミステリー) | Comments(0)

Sadeを聴きながら

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Sadeを聴きながらアクすくい取り日曜の午後ゆるりたゆたふ


あの山に登れる気がし踏み出せば 気付く険しさに後悔してる


死についてふと考えてみたりする 眠りに落ちて目覚めぬことか


キリキリとネジを巻き過ぎ奏でたるオルゴールの音の哀しおかしさ


にぎやかな化粧落とした楽屋裏喜劇演じたピエロが終わる


わだかまり浮ぶ背中をゲンコツで怒突きたくなるそんな性分


問いかけに自由もいいとはぐれ雲孤独と言わぬ君は強いね


突然の非情を帯びて静電気今君の手に拒否られたんだ


さよならは美しく且つ軽やかに夕日投げかけその一瞬に
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by soranosanngo | 2011-08-01 20:23 | 現代短歌 | Comments(0)

たまゆらの月

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たまゆらの月の鏡の逢瀬には唯ひとりきり片割れ探す

終わりなきさざ波寄せてくり返し愛を確かめあっていたのに

風紋はKAZEが始めた愛の営みその陰影は砂の心か

雨の日のほんのわずかな湿り気にふくらんでいく感傷(センチメンタル)

切なさの積み木を重ね倒しては繰り返す夜が我を強くす

長い夜BGMはいらないの君の声だけあったらいいの

気がつけばノルウェイの森薄暮れて戯れしあの思い出さへも

月冷えてそちらの世界も冬かしらひざかけそっとかけてあげたし

触れずとも見えずとも聞こえなくても面影いつも胸にあるから

永遠の時間をゆるす静寂の際を漂う月の小舟で
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by soranosanngo | 2011-08-01 19:07 | 現代短歌 | Comments(2)



 灰色の雲が低くたれこめた空。気の滅入るようなどんよりとした空気。
 それがぼくを取り巻く世界。
 ぼくは岩だらけの荒れ地に立つ<家>だった。
 ほんの少しの土も草も虫も、そして花もない。孤独だった。いっそのこと、あの太陽に焼かれて灰になりたい、何度そう願ったことだろうか。

 家の中にはイギリス製のマホガニーのテーブルセット。銀の蜀台。
 しかし壁のホールクロックが時を告げることはなかったし、クリスタルのシャンデリアに灯りが点ることもなかった。
 
 誰も訪ねる人がいなかったから。
 誰も訪ねてはこないこんな家にどんな存在価値があるとういうのか。
 いつまでたっても、ぼくは孤独に慣れることができなかった。

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 ある日のこと。僥倖のように雨が降った。ぼくの周りに半透明のプリーツカーテンが折り重なる。それらを追いかけるように、一本の緑色のつるが伸びてきた。
 最初はおずおずと。何かを確かめるように。そのうちどんどん大胆になり、ぼくは、あっという間にそれに包まれた。始終浴びていた太陽の光は、さえぎられ、その窮屈さに息をするのが、少々苦しくはなったものの、孤独ではなくなった。
 
 つるからは無数の根が生え、家の養分という養分を吸い上げたが、ぼくは幸せだった。


     ◇
 
  夢から覚めて、ぼくは愛しい人の名前を呼ぶ。
「おうい、緑子」
「なあに、あなた」。
「君はいつまでも年を取らないんだね」
 返事の変わりに君はぼくの手を握った。まだ五十も半ばだというのに、干からびて枯れ枝のようになったぼくの手を。
 
 君の瞳が濡れたように、きらりと光った。
 
 ああ、美しい人よ。
 ようやくつるに、花が咲いたんだね。

 ぼくの役目はそろそろ終わる。
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by soranosanngo | 2011-08-01 17:19 | グリーンディスティニー | Comments(0)