<   2011年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

氷の芸術

今年の夏も暑かった。
夏だけは冷蔵庫の温度設定を中から強に変えるのだが、
買ってきた卵をパックのまま、ドアポケットに入れずに中の棚に置いておいたら、
なんと凍っていた。
冷凍庫ではないのに、不思議。
涼しくなってきたので、また中に戻した。
多少の節電効果がありそう。

氷の彫刻(アイス カービング)
氷柱をチェーンソーみたいなので削って作る彫刻、ご存知でしょうか?
よくホテルの宴会場なんかに飾ったりしてる、あれ。
今や世界大会があるほどで、もはや芸術のジャンルになりつつある感じ。
どんなに美しく素晴らしい作品でも、溶けてしまえば、跡形もなく、水になってしまう。
無になる宿命というのも、なんだか刹那的で、そこがまたいいのかもしれないけど
せっかく作ったのだから、私だったら、ずっととっておきたい。
専用の冷凍室を作って。
電気代すごいだろうなあ。

幼い頃の夏のお八つといえば、自家製カキ氷。電動でなく手回し。
着色料たっぷりのシロップ、もしくはカルピスがベストだが、
なければ砂糖でもオッケー。
透明のガラスの器にこんもりと出来た白い雪山。
あれはずっと見ていたいような芸術作品だったかも?
ただ、食べたあと、ベタベタするのが難。
蟻にご注意!
2011.9.23
d0253237_15512241.jpg

[PR]
by soranosanngo | 2011-09-23 16:18 | 珊瑚の気まま日記 | Comments(2)

背中に青空

d0253237_1210222.jpg
「おはようございまぁす」

 世界で一番愛しい声が聴こえる。背中に小さな青空を背負って今朝もやってきた。
 5年前小学校へ上がる時、デパートのランドセル売り場(まるでマカロン売り場みたいなカラフルな色が並んでたっけ)で、百々(もも)が選んだのはちょっとパステル調の水色だった。

「これがいい! あおぞらのいろ!」
 スポンサーである私の母が苦笑いを浮かべながら「ピンクや赤もかわいいよ」と、なんとか女の子使用の色にさせようと思って声をかけたが、頑として譲らなかった。
 私が小さい頃は存在していた女の子色、男の子色という概念は薄くなりつつあるのかもしれない。 母も結局は水色のそれを背負った百々を見て「あら、案外かわいいねえ」と目を細めた。
 試しにそれを背負ってみせた姿は、小さな背中で一生懸命大きな空を背負っているようで思わず私も「似合ってるう。百々ちゃん」と叫んでしまったっけ。
 だんなといえば、横で私だけに見えるようにわざとらしく口を動かした。「バ、バ、バ、カ、オ、ヤ、バ、カ」パパはノリが悪いよね。

「おはよう、百々ちゃん」
「おはよう、よう来たね」
 すっかり顔馴染みになってしまった同じ病室の人たちが声をかけてくれる。学校への通り道にある病院に入院して一週間。毎朝のように百々は、やってくる。(以前に何度か入院していたことがあるので、馴染みの病院である)

 6人部屋の病室の一番奥の窓側が私のベッド。
 本当は面会時間外なのだが、大目にみてもらってる。同じ部屋の人も取り立てて、その事について異議を唱える人もいないので、甘えさせてもらってるのだ。
「おはよ、ママ」
「おはよう、百々。今日からプールでしょ。いい天気で良かったね」
「うん、プール楽しみだなあ」
「いいなあ。こんな日は特に水が気持ちいいだろうね」
 私は生まれつき心臓に欠陥があってプールはもちろん体育もほとんど見学するだけだった。しょっちゅう熱を出して学校もよく休んだ。だから既にこんがりと日焼けした娘の顔を見ると、まぶしくて、心の底から嬉しさがこみあげてくる。
 青い空に入道雲が湧き立っているのが見えた。

「来月のママの誕生日、何が欲しい?」
「なんにもいらない。百々がいてくれるだけで充分だよ」
 私に似て少しクセのある髪をブラシで梳かしながら、いつもの三つ編みをふたつこしらえる。編目のひとつひとつがほんの隙間もないほどきっちり編まれた三つ編みは生真面目なうえ美しい。これだけはパパには出来ないんだよね。
 百々、あなたを身ごもった時、パパもバーバもジージも産む事を反対した。
 私の心臓がもたないのではないかって。
 私は「絶対もたせるから」と今にして思えば根拠のない自信で皆を説き伏せてしまった。

 子供を産みたい。それは何物にも変えがたい強い欲望だった。
 その欲望が叶えられた今、だからママはもう何もいらないんだよ、百々。

「ママったらあ。そんなこと言っててもケーキは食べるくせに」
「えっケーキはプレゼントに入るの?」
「どうかなあ」
「遠足のバナナはおやつに入る?」
「バナナはデザートでしょ。おやつじゃないよ。えっと何の話だったっけ? ママの話はすぐ変な方へ行くんだから」
 笑うと眼がなくなってしまうところはパパ譲りだ。
 そんな他愛のない会話さえ、宝石に彩られた特別な朝に思えてくる。
 来週はいよいよ手術だ。どんな手術にしても百パーセントの安全は保証されない。もしもの時のために何かを記しておきたくて、便箋に「百々へ」と書き出したものの、それが本当に遺書になってしまうのが今さらながら怖くて、その先は書けずにいる。

「あっもう時間だ。じゃあね、行ってきまあす」
 あわただしく百々は病室を出て行った。代わりに朝食のワゴンが運ばれてくる。
 欲望に無縁となったからには、どんなに味気ない朝食でも美味しくいただかなきゃね。

 たくさんの幸せがあるようにと百々と名づけた。千では欲張りになりそうだから、百々。

 しばらくして病院の入り口を出て走っていく百々の姿が眼に入った。
 今日も背中に青空を背負って百々が走っていく。
 雲ひとつなく晴れ渡った青空を背負って走っていくんだ。
[PR]
by soranosanngo | 2011-09-20 12:10 | 背中に青空(掌編小説) | Comments(4)

晩夏に時の種を埋めよう

d0253237_10224045.jpg
暗闇に光ひとすじ差し込んで屈折して知る魂の在り処(ありか)

網棚にあの日忘れたレコードは君に貸すはずだったサティ

失って敗れたなんて言わないで失恋なんて失敗じゃない

近すぎて見えなくなったら眼を閉じて瞳に映らぬ真実を視る

影法師二つ重なる夏の午後二次元の恋は陽炎に似て

合鍵をぽんと渡され掌(てのひら)はその重さには気づかぬふりで

時々は心も少し休ませよう二次発酵のパン生地膨らむ

垂直の壁にもいつかふり積もるほこりのように追憶のように

  2011.9.19
[PR]
by soranosanngo | 2011-09-19 10:23 | 現代短歌 | Comments(2)

思い込み

d0253237_13585690.jpg
向田邦子のエッセイ「夜なかの薔薇」はシューベルトの唄「わらべはみ~た~り 野なかのば~ら」の聞き間違いとして有名であるが、誰しもそんな経験のひとつやふたつあるのでは?

私の場合は某有名痛み止め(高校生の時から生理通と頭痛持ちだった)の名称を微妙に間違えていた。

何十年に渡って薬局で「バッファリン下さい」と堂々と言い続けてきたのだった。

バッファリンでなく、バファリン。その間違いを正してくれたのは何十年の間にただ一人。感謝!

指摘されなければ、たぶん死ぬまでそう言い続けていただろう。
(まあ、それでもそんなに不都合なことはないであろうが)

小さな「ッ」がないだけで、すいぶん落ち着いた雰囲気であるなあ。
子供が大人に成長した感じ。
出世魚ならぬ出世薬(笑)
         2011.9.15
[PR]
by soranosanngo | 2011-09-15 14:02 | 珊瑚の気まま日記 | Comments(0)

川嶋哲郎さんのライブを楽しんできました。
お客さんは20人ほどで小さなライブハウスなので、川嶋さんの息遣い(鼻息も)まで聴こえる。

マイクを通さない生演奏というのはいいものですね。
演奏後のMCと共に聴こえてくる秋の虫の音もご愛嬌。

いろいろな技を駆使してテナーサックスを自由自在に操る川嶋さんのかっこいいこと!
チャーリーパーカーの「My Little Suede Shoes」眼をつぶって聴いたら、
まさかひとりで演奏しているなんて思わないだろう。

「上を向いて歩こう」などの日本の曲のアレンジも楽しかった。
中でもフルートで演奏した「浜辺の歌」は素晴らしかった。
フルートの音が波の音に聴こえる。
またもや眼をつぶって聴いたら、砂浜で聞いている錯覚に……。
フルートというとクラシックの楽器を思っていた私は、その概念がくつがえされた。

ため息と絶叫。
繊細さと力強さ。
相反するものが同居し景色さえ変えてしまう。

いろいろな技を駆使し(いとも簡単にやってのけてる感じだが、すんごく難しいんだろうなあ)サックスのソロなのに、パーカッションもやってしまう、そして繰りひろげられるアドリブの素晴らしさ。
たまには、主婦にもこんなごほうびがあると、また明日からの家事にいそしもうと思う。
(ほんとか?)

ファジーネーブル(カクテル)でほんのり酔って、外に出たら、月がきれいだった。
惜しいかな、あともう少しで満月というところ。
今夜は十五夜の前祝いということで♪


2011.9.11
d0253237_12132689.jpg

[PR]
by soranosanngo | 2011-09-12 11:53 | 珊瑚の気まま日記 | Comments(0)

マザーズライン

母から娘へ、そしてまた娘へと受け継がれていくものを「マザーズライン」と呼ぶそう。

ちょっとステキな言葉じゃない? なので忘れないようにここへ記しておこう。

(小説のネタにもなりそうなので)

代表的なものは、着物や宝石かな。モノがガラクタにならず、きっとアンティークとして生きていくのだと思う。

祖母までだったら、会ったことがあるという人が多いと思うけど、曾祖母となるとどうだろう?

記憶にあるという人はそういないんじゃないかな。(私も曾祖母は写真だけの記憶)

会ったことのない自分とつながっている人に思いを馳せることができるモノ、きっと。

肌に絹のつややかさを感じ、耳たぶ、もしくは薬指にひんやりとした温度を感じる時に。

モノだけでなく受け継がれているものはもちろんある。今を生きている人、全ての人にね。

ところで「ファザーズライン」ってあるのだろうか?

マザーズラインがすごく個人的な雰囲気がするのに、ファザーズラインというと公なソレが漂う。

あっファミリーラインに近いかな。

家計図とかね。

長~い巻物で。

もちろん、うちにはないけど。

2011.9.9
 
d0253237_8381466.jpg

[PR]
by soranosanngo | 2011-09-09 08:39 | 珊瑚の気まま日記 | Comments(3)

つぶつぶとうがらし

イコール「粒々辛苦」の振り仮名だと思う人、いらっしゃるかしら?

小学生(たぶん6年生くらい)の時、国語の書き取りの答案にこう書いた人がいて、

その時、私はその自由なイマジネイションにいたく感動してしまった。

「りゅうりゅうしんく」と正解を書いた私のなんてつまらないイマジネイション(笑)

点数が全てではない、と学んだ思い出。(点数が全て、という時ももちろんあると思う)

人生は、時に「りゅうりゅうしんく」時に「つぶつぶとうがらし」なんだよね、たぶん。

つらい時の最大の友は笑いだったし。

2011.9.8
d0253237_16484176.jpg

[PR]
by soranosanngo | 2011-09-08 16:39 | 珊瑚の気まま日記 | Comments(0)

マイ エドワード

d0253237_9563119.jpg
「おはよう。エドワード」
 僕は心の中でささやいた
 ベッドで静かな寝息をたてているエドワードを起こさないように。できることなら一秒でも長くこうして君をみつめていたいんだ。いつも遠くから君を見る時は見つめていることを悟られないように細心の注意を払って、視線のハシで見る技を見につけた。近くで君と話す時は心に半分蓋をしてただの男友達として仮面をかぶる技もね。
 こんな風にガン見できるなんて、なんて幸せなんだ。
 
 エドワードは本名ではない。そして外国人でもない。かつ僕専用の秘密の呼び名。
そう呼ばれている本人さえこの呼び名の存在を知らない。大学の友達たち、そして忌々しい君の恋人も君のことは「エド」と呼んでいる。苗字が江戸だから。頭の中で自然とカタカナ表記になってしまうのは、君のルックスによるところが大きいだろう。
 おじいさんがスウェーデン人らしい。憂いが蒸発して軽さだけが残ったような薄茶色の瞳。その下にランダムにばらまかれたソバカス。それは、君の端正な目鼻立ちの、ともすれば冷たさを醸し出す雰囲気に、ひとさじの愛嬌を添えている。柔らかそうな黒髪はまさにジ・オリエンタルの趣き。純日本風の顔に黒髪であれば、それはザ・ジャパニーズ。そうならないところがまさにエドワードなんだ。
 ああ、こんな風にそれに触ってみたいと、幾度思ったことだろう。

 美しいものには磁力がある。そう気づいたのは、「スタンドバイミー」のリバーフェニックスを見た時だ。だから僕にとってエドワードはふたつ目の磁石だ。
 
 昨晩、僕は田舎から送られてきた夕張メロンを手に、君のアパートを訪れた。(エドワードは何しろメロンに目がないのだ。※調査済み。そしてエドワードほどメロンの似合う男を僕は知らない)
 富士見台の駅から徒歩で約十分。いつだったか「晴れた冬の日は駅の連絡路からうそのように富士山が見えるんだ」と君が言ったので、冬の間、何度か僕は途中下車してこの駅に降り立ったものだ。 けれどまだ富士山にお目にかかったことはない。
 
 そして夕張メロンを肴にして僕らは酒盛りを始めた。発泡酒を4,5本、そのあとは白ワイン一本(メロンと白ワインは案外いける)そして缶チューハイでだいぶ酔いが回ってきた時だった。僕はザルだけど、エドワードはそんなにお酒に強くない。
「あいつがさあ、そんな真っ当じゃないバイト辞めないなら別れるっていうんだ。モデルのどこが悪いんだよ。来年は四年だし、モデル事務所なんて辞めて、ちゃんとしたところに就職してくれって。まあ、俺だってあそこに就職しようなんて考えてないけどさ」
「女が言いそうなことだね」
 僕は心の中でほくそえむ。
 あいつ、とはエドワードの恋人すみれのこと。
 すみれってまったく、いまいましい名前だ。僕だって選べるなら【正雄】なんて地味な名前でなくもっとラブリーな名前が良かったさ。
 それに【正雄】なんて数あまたある名前の中で一番僕に似つかわしくない名前じゃないか。【正しいオス】なんて。つまり正しいオスとはメスに欲情するという意味において。
 僕がメスに欲情しないタチだとはっきり悟ったのは高校二年の夏。ファーストキスのときだった。相手は、一年のバレンタインに告白(こく)られて成り行きで初めて付き合った女の子。女の子の唇がパンドラの箱を開ける鍵になった。
 
 考えてみると大人になるっていうのは心に様々な箱を抱えて生きていくのかもしれない。
 TPOに合わせて箱を選ぶのがきっと大人なんだろうと思う。友達箱。家族箱。学校箱。バイト箱。そして恋愛箱は僕にとってパンドラの箱だった。
 その存在にうすうす気づきながらも、その存在を認めたくない自分がいて(きっと自分が世間的にいうマイノリティに入るのが怖かったのだ)けれどパンドラの箱は放たれた。最後に希望が残るのかどうかなんて今の僕にはわからないけれど。
 こたつで酔いつぶれたエドワードをベッドに引きずり上げた時(まあ、1Kなのでそれは簡単なことだった)なだれ込むようにして、君の両手で抱きすくめられた。
「ちょ、ちょっと、なんだよ」
 その先の言葉を君の唇が消した。
 歯と歯が軽くぶつかる音が頭蓋骨に反響し、めまいを起こしそうになった。
 温かい舌が僕の口内でうごめく。まるで、未知なる小さな生き物のように、その先端は固い。リトル・エドワードは僕の舌を求めて彷徨う。
 ああ、僕の秘密の小箱に今、君がいるなんて。
 長いまつげが今、目の前にある幸せにも、なんだかうろたえ、気が動転しそうだった。
 かすかな鼻息が、ため息のように僕の鼻先に触れる。そして君は僕から唇を離し、背中に回した指に力を込めた。
 その時だった。
「すみれ……」
 君がかすれた声で、つぶやいたその一言で僕は現実に戻された。なんて、いまいましい名前だ。
 それから僕はクッションを枕に一人こたつで寝た。
d0253237_9575418.jpg

    
     ◇

「あれ、正雄? おはよう」
 君は寝ぼけた声を出したあと、大きなあくびをした。
「そっか、昨日飲んだんだっけ」
 記憶の糸をたどるように視線を泳がせている。寝癖のついてハネた髪に胸をしめつけられる。
「それでさ、なんかリアルな夢みちゃったけど、まさかね……」
「なんだよ、おまえがおそってきたくせに」
「えっえっ、おまえとしちゃったの、おれ」
 エドワードがうろたえている。
「冗談だよ、冗談」
「なんだよ、マジであせったじゃんか。おまえとイチヤのアヤマチしたかと思った」

 イチヤのアヤマチ……演歌の世界か。へこむなあ。

「じゃあ、僕、バイトあるから。帰る」
「お、おう、またな」
アパートのドアを閉めて所々さびついた階段を下りると、空からエドワードの声が降ってきた。
「これ、やるよ」
 君の手から生まれた放物線はゆるやかに僕の掌におさまった。スペアミントのガムだった。
 やっぱりエドワードには演歌は似合わない。
 一枚取り出し、口に含み、軽く歯で噛みしだくと、昨晩の君のあの舌の感触と溶け合ってハーモニーを生んだ。

 それから富士見台の駅の連絡路で初めて僕はエドワードが言っていた富士山を見た。
 今朝の空気はとびきり澄んでいるんだろう。富士山はいつもそこにある。日本一高いランドマークが掌に乗りそうなほどだ。単純なそのフォルムを僕はしみじみ美しいと思った。
 僕のこのめんどくさい形の恋も、心を澄ませば、ただただ、好きという単純な形を成す。
 その言葉をつぶやくだけで、何度迷ったとしても、きっと僕はまた道を見つけることができるだろう。

 だって君は僕のランドマーク。
 そうだろう、マイ・エドワード。
[PR]
by soranosanngo | 2011-09-04 09:58 | マイ エドワード(BL小説) | Comments(2)