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ほぼ等身大

入れ子だよ君は僕のマトリョーシカ
     金環蝕キーンカーンキーン



みかづきがぼんやりうすい場所がある
            爪工場で働くこびと


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by soranosanngo | 2012-04-18 15:14 | 現代短歌 | Comments(0)

なのりそ

 うららかな日でございました。

春まだ浅い、やわらかな陽光が鏡のような海の面を無数にきらめいていく、穏やかな日和に、お嬢様は嫁がれていかれました。
 でもその胸中はいかばかりか、真白な花嫁衣装から、透けて見えるのは、全てを断ち切って旅立たれる哀しみに似た決意のようなものだったのではないかと思います。

 お嬢様のことは何でも知っているつもりです。この家の門前に捨てられていた赤子だった私を何かの縁だとおっしゃって育ててくれたのはお嬢様の父上でした。幸、と名付けて下さったのも、だんなさまだと聞いております。
 幸薄い人生の始まりにせめて名だけは、と思われたのかもしれませんね。

 私が五つの時でした。お嬢様がお生まれになったのは。
 天使という形容がぴったりの、あとにも先にも、あのような愛くるしさに私は出会ったことがありません。
 それから十八年、私はお嬢様の身の周りのお世話をさせていただきながら、この浜を庭として共に大きくなったのでした。

 幼少期から、たいそうお可愛らしかったお嬢様は、年頃になるころは袖を通した衣からも、その美しさが透けてみえるようだと、近辺の方々からは、袖衣姫(そとおりひめ)と噂されていました。

   ✽衣通姫(そとおりひめ)または衣通郎姫(そとおりのいらつめ)
    古事記、日本書紀などに絶世の美女の伝説として残されています。
    余談ですが、この名をつけた美しい白薔薇があります。



 伯爵家といえども、内情は火の車。残された方策は、お嬢様の縁組で家をつなぐしかないという切羽詰ったところまできておりました。
 お相手は炭鉱をいくつも経営するお方、ニューリッチ まあ、いわば成金ですわね。
 年は三十も上で、しかも後添いに望まれたと伺っております。
 むこうさまは 名がほしい、こちらはお金がほしい、見事にその利が一致したのでございます。

 私は知っておりました。
 お嬢様の心の想い人は、村の貧しい漁師でございました。お小さい頃は浜辺に出て、桜貝を拾っては、三人でよく遊んだものです。
 もっとも私はお嬢様のあとを、日傘を振りかざし、息を切らして追うのが常でした。透けるように白い肌は、とても弱くていらっしゃって
私は 赤く焼けてはしまわないか、それだけを心配しておりました。
 「ほら、これは幸の分だよ」
 漁師はとても優しいお方で、必ず私にも、貝をくれるのでした。使用人である私のことも、お嬢様と同じように友達として接してくれたのは、あの漁師だけでした。
 ほんのり頬を染めた桜貝。私は嬉しさのあまり、自分の頬が同じように染まってはいないか、お嬢様に気づかれてはいないか、胸の高鳴った鼓動を聞かれやしないか、心配のあまり、うつむいて帰ったものでした。
 恋心? ほほ、ほ。あるいはそのようなものであったかもしれませんね。今となっては、もう霞のむこうに漂う、遠い想い出でありますわね。

「幸よ、一度でよいのじゃ。あの方との想い出が欲しい」
 私はお嬢様のたった一夜の恋の手引きをいたしました。浜にある苫屋にて、お二人は結ばれたのです。都合のよいことに、月も星も雲が覆い隠した、正真正銘の闇夜のことでした。
 翌日、浜には、 なのりそが打ち上げられておりました。

  ✽なのりそ とはホンダワラ(海草)の古い呼び名です。
   万葉集などにも、詠まれています。
  「な~そ」は、「~しないでください」という意味ですが、
  「名乗ってはいけないですよ」という意味の「な告(の)りそ」との掛け言葉としても使われているようです。



 なのりそ。
 決して名乗ってはなりません。けれど名乗らなくても、若い漁師にはわかっていたことと思います。漁師は生涯独身を通したそうです。

 叶わぬ恋を断ち切るように、お嬢様は嫁いでいかれました。
 それからしばらくのちに、元気な男児をお産みになられましたが、産後の肥立ちが悪く、そのお子の成長を見ることもなく
お嬢様はあっけなく亡くなられてしまわれました。あのお子はもしかすると…… といらぬ心配が頭の中をよぎりましたが、たとえそうであってもなのりそ(名告り そ)名乗ることは永遠に叶いません。

       ◇
 
 
 あれから半世紀がたつのですねえ。
 いささか私は年を取りすぎました。
 昔話は退屈ではございませんか?
  
 そういえばあなたさまはお嬢様に面差しがよく似ていらっしゃること。男の方にしてはお優しい……他人のそら似とはよく言ったものですわね。
 年寄りの戯言と思って、どうかお聞き流してくださいませ。

 あら、泣いていらっしゃるのですか?
 なぜに、どうして、などと無粋なことは聞かないほうがよろしいわね。
 ああ、あれは千鳥です。
 かわいいでしょう。
 磯ではぐれた、母を探しているのかもしれませんね。


 いつのまにか、この浜は春になるとそれは上等ななのりそが採れるようになりました。
 春になれば、それらは海の中で、無数の黄色い命の花を咲かせるのです。あれも人に言ってはいけない恋なのでございましょうか。
 なのりそ、それを口にするたびに、今でも胸の奥が切なくなるのです。

 うららかな日でございますね。
 あの日のように。
 人はうつろいを生きていますが、この浜は、この海は、なのりそは何ひとつ変わっていないように思います。



                          おわり
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by soranosanngo | 2012-04-10 21:03 | なのりそ(掌編小説) | Comments(4)

プレゼント

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死にたての顔は
愛する人にだけ
見せたいと思う
それは最後の贈り物

だから
病院ではなく
家がいい

生まれたての顔だって
昔は
家で見られたのに

ほかほかの湯気をたてた
生まれたて

死にたて

あたりまえのように
贈りあっていたのに
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by soranosanngo | 2012-04-07 19:33 | | Comments(0)