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詩「風の船」

出航はたやすい

この手を離せばいい

何も乗せない
楕円の船は
夏の空へと旅立ってゆくだろう

行き先はどこか遠くの街か
それとも
懐かしい海の波の上か
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by soranosanngo | 2016-07-25 11:00 | | Comments(0)

詩「何度目かの猫と」

猫は九度生まれかわるって
本当だろうか
猫に訊いてみようとしても
猫語を知らないんだった
それに前世の記憶はなくなるらしい
都合のいいことに

だってもしも
九度目のおまえだとしたら
永遠にもう出会えないということになる

そんなことは知らない方がいい
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by soranosanngo | 2016-07-21 22:07 | | Comments(0)

 人生の中で、愛する人の死ほど哀しいことはないと思う。
 けれど残された人は、どうにかして生きてゆく。そのために『日常』は用意されているのだと思うし、「昨夜のカレー」や「明日のパン」が文字通り食べて命をつないでゆくための、ささやかだけど大切なことであるのだなあと思った。
 

(以下文中より抜き書き)
 「もういいよね。一樹は死んだってことで」ギフはうんうんとうなづいた。
 「もう、ここにはいないってことで、もうそういうことで、いいよね?」

  照明がカチカチと点滅した。ギフが見上げて
 「一樹もそれでいいといってる」
 と言った。


 照明がカチカチしたのは、電球が古くなったからなのだろうけど、それが亡くなった人からのサインだと思ってしまう、もしくは思いたい、そんな気持ちに共感してしまう。生きている人は、時に庭に入り込んだ蝶や、夏の水辺に光る蛍やに、誰かを想い重ねる。そうすることで悲しみがいくぶん和らぐのを感じるだろう。
「いない」とすることは、忘れてしまうこととは違う。
 亡くなった人を「もうここにはいない人」と納得できるまでの日常が、時にユーモラスに淡々と描かれている。

 最後まで読むと、ちょっと謎めいたタイトルが心にストンと落ちてきた。


 「一本の線」

 昨日という一本の線があった
 そこへ今日という線を重ねる
 時に慎重に
 時に乱暴に
 そして明日
  わたしはふたたびそこへ
 新しい線を重ねるだろうか
 
 真正面から見た線は
 細く儚げに見えるけれど
 角度を変えてながめれば
 重なった分だけ
 太く 育っている
 
 線は すっくと立っている
 
 人生の営みの中でめぐりあった
 たくさんの見えない手に支えられるようにして

        珊瑚

 

 
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by soranosanngo | 2016-07-03 11:56 | 読書ノート | Comments(0)