かりものや(Ⅱ)

  
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 かりものやは、遠い目をしながら、女に昔話を語り出しました。
  ◇

 お玉ちゃんと呼ばれていた お玉小町には、仲良しの女友達がいたそうだ。幼なじみの二匹はナツメの実を揺らして、よく遊んだものだった。
 そのナツメの木には、鋼のようなりりしい羽を持った玉虫の男が住んでいたんだよ。玉虫の女は、みんなその人とワルツを踊りたいと願っていたさ。
 もちろんその二匹もね。
 けれど勝負は最初からついてるようなもの。
 お玉小町と呼ばれるほどの器量よしと十人並みの平凡な玉虫、どちらが選ばれるかは自明の利さね。
 お玉ちゃんとその男は、舞踏会に一緒にワルツを踊ろうと約束までしていたということさ。
 ある日、女友達はお玉ちゃんにこう持ちかけた。
「ねえ、私の羽と一度でいいから、交換しておくれよ。友達じゃないか。きっと明日の舞踏会までには、返すからさ」
 お玉ちゃんは心根の優しい子だった。快く羽を取り替えてくれた。
 
 羽を取り替えるのはどうやるのかって?
 ああ、たいしてむずかしいことはないよ。ほおずきの中身を、羽の付け根にぬっておく。
あれは、はがし薬だからね。けれど薬ってのは毒でもあるんだ。いつまでも塗っていちゃいけない。そのさじ加減さえ間違えなかったら、うまくいく。
 羽がぐらぐらしてきたら、一気にはがすのさ。なあに、痛いことなんてない。思い切りが肝心だよ。
 それから、水で、ほおずきはぬぐっておく。そのあとが乾かないうちに、交換した羽をお互いに押し付けあうのさ。わかったかい。

 ええっとどこまで話したかね。いやになっちまう。最近、物忘れが進んだようだよ。
 
 ああ、そうだった。
 羽を取り替えてもらった女友達はすっかり嬉しくなって、返すのが惜しくなったんだろう。そのまま、次の日の舞踏会に出て、ナツメの木の男とワルツを踊ってしまったそうだよ。
 男が、<虫間違い>に気づいたのは、ワルツを踊ったあとだったそうな。後悔したそうだが、もう遅い。結婚するしかなかったのさ。愛なんか、なくったって、なんとか、結婚生活なんてしていけるものだからね。
 お玉ちゃんはどうしたかって? 聞きたいかい。

 ーひぐらしの声が一段と強く聞こえてきた。
  たったひと夏で老い果ててしまう その命を惜しむかのような哀しい声だったー

 <改ページ>お玉ちゃんは悲嘆にくれた。
 無理もないよ。友情にも、愛情にも、裏切られたんだからね。そのまま、地獄谷に身を投げたのさ。
「ええっ地獄谷ですって? あの アリジゴクが住むという、怖ろしいところですわね」
 ハイデはぶるっと身震いをした。
 
 絶望とはそういうものなんだろうね。
 地獄に落ちるべきは、むしろ、その女友達のほうなのに。
 かつての恋人、ナツメの木の男はそれを聞くと、お玉ちゃんのあとを追って、おんなしように、地獄谷に、身を投げたそうだよ。
 あとには、二枚の羽だけが、砂に打ち上げられたヨットの帆のように、残されてあったということさ。
 女友達は、取り返しのつかないことをやってしまったと真っ青になって地獄谷へ急いだ。そして おんなしように そこへ身を投げたのさ。
 けれど、丁度そこへ、クワガタが通りかかり、助けられてしまったそうだよ。
 地獄谷に残された二枚の羽も、クワガタに拾い上げてもらい、泣きながら、家に持って帰ったのさ。
 家に帰ると、自分の、元はお玉ちゃんの羽に、ほおずきの種をつけ、羽を取ったんだ。もとはお玉ちゃんの羽さ。そうしてほんとうの自分の羽をつけたのさ。
 そのまま、長いこと、泣き続けていたそうさ。泣き続けたあまり、その羽はさびぬれたように変色し、しょぼくれてしまったらしいよ。
 女友達が、弔い虫になったのは それからさ。死んでもない、さりとてほんとうに生きているとも違う、弔いという時間の中でのみ存在する弔い虫にね。

 それを聞いて、玉虫の女は、はっとしました。
「もしかして……」
 その女友達とは、かりものやではないだろうかと思ったのです。さびぬれたように変色し、しょぼくれた羽とは、まさに、目の前にいるかりものやの羽そのものではないだろうか。
 けれど、それは、聞いてはいけないことのような気がして、聞くのは止めました。
 たとえ、それがわかったところで、どうにもならないことでしたから。ああ、魔がさすということが、そんなところにもあったんだと哀しく思いました。

「しょせん、自分が今持っていると思っているもの、それらは全てかりもの。全てのものは、かりものに過ぎないのかもしれないねえ。ハイデさんにこんなこというのも、客商売なのに、変と思われるかもしれないが、傷のある羽は案外いいものかもしれないよ」
「えっそうでしょうか」
「ああ、算法っていう学問があるのだけど、答えが見つからないときに、補助線っていうのを書くらしいよ。そしたら、答えがひらめくこともあるそうさ。ハイデさんの傷も、その補助線とやらと考えたらどうだろう」

 答えををみつけるための補助線……。生きていく道に ほんとうの答えがあるとしたら やはりさがしてみたい、そう女は思いました。
 しょせん、かりものは、かりものです。ほんものにはなれません。
 永遠(とわ)の愛を手に入れる、その答えがあるのかどうかはわかりませんが、もし存在するとしたら、自分のこの傷が教えてくれるのかもしれません。

 つきものが落ちたように、羽の傷のことは、もうどうでもよくなりました。
「わかりました。羽を借りるのは、よしにしますわ。いろいろとありがとうございました」
「いいってことさ。夜も更けてきた。良かったら、泊まっておいき」
 いつのまにか、迷いほたるが一匹、窓から入り込み、店のなかをぼんやり照らしておりました。
 ほおずきのクッションで一晩寝かせてもらったハイデは、翌日、日の出と共に、帰っていきました。
「あらあら?」
 見送る かりものやには、昨日まであったはずのハイデの羽の傷が見えなかったのです。
 老眼が進んだのでしょうか。いいえ、そうではありません。ほおずきのエッセンスが一晩中ハイデの羽にしみこみ、その傷をきれいに取ってくれたのでした。

 やはり毒は薬……。

 ハイデにそのことを言おうか、とも思いましたが、いたずら心がふいに沸き、そのまま言わずに別れました。
 そのことを知ったときのハイデの顔を思い浮かべると、ひとりでに笑みがこぼれてきます。
「でも、また、この《かりものや》を継いでくれる虫を逃しちまった。かりものをした虫が代々継いでいく《かりものや》。もう店仕舞いにしてもいいかねえ、お玉ちゃん。」
 かりものやの羽は老い果て、背中の合わせ目も、もう定かではないほど、ぼんやりとしてきたのです。
 半分は黄泉の国でもあるこの店に 長く 居過ぎたようです。
 昨夕、鳴いていた ひぐらしが、店の下に 冷たくなって 横たわっていました。

 ◇

 舞踏会が開かれる頃、ハイデは風のうわさを聞きました。

《うつくしのはら》の西の果てにある竹林に、竹の花が咲いたと。百年に一度咲くと言われている珍しい花。

 花のあと、竹はすっかり枯れて 滅びて なくなるということです。
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# by soranosanngo | 2011-07-30 17:42 | かりものや(ファンタジー小説) | Comments(0)