京都「さまよえる鬼」

「こわいよ、かかさま」」
「またこわいゆめをみたのね。だいじょうぶよ、かかさまがそばにいるわ」
   ◇
 小さな灯によって浮かび上がったその影に、ふたつの角があることを子はまだ気づいてはいない。
 ほんとうの鬼は、夢のなかに棲んでいるのではなく、現実のなかに棲んでいることをまだ知らない。
   ◇
 わたくしのことをお知りになりたいのですか?今はこんな姿に成り果ててしまいましたが、もとはおひいさま、と呼ばれていた時代もあったのです。
 南蛮渡来の金糸雀とともに唄い、螺鈿細工の小箱のなかに美しい日々の栞をおさめては眺め愛でていたものです。
 人の運命の儚さを知ったのは、父上が謀反の罪をかけられて、一族郎党、自分が何者かもわかっていない乳飲み子までもが無慈悲にも囚われ、三条河原で首をはねられた時です。
 そのとき、河はわたくしたちの血で真っ赤に染まり、
のちに赤い川魚カワウオが採れたそうです。
 首はそのまま捨て置かれ、蛆が湧き、醜く腐敗し、風雨にさらされ、最期は白い骨となり果てました。
 そのままわたくしは鬼となり、このように現世ウツシヨを彷徨ってサマヨッテいるのでございます。
 人の心のほんの隙間に生まれた、どす黒い感情を渡り歩いて、生きながらえているのです。
   
    ◇
【case1】
 北国のマンションで姉妹が死んでいるのが発見されました。
共に四十代で妹が二ヶ月ほど前に脳内出血で病死、姉は一ヶ月ほど前に餓死と凍死が原因で亡くなったと考えられています。
 既に両親は亡くなり、知的障害を持つ妹のめんどうをみながら姉は働き続けていましたが、相次いで仕事先は倒産しました。
 失業保険の給付も終わり電気ガスが止められ、今日食べる米さえなくなりました。困った姉は福祉事務所に相談に行きましたが、役人は
「あなたまだ若いのだから、働きなさい」
と言いました。
 雇ってくれるところがないのです。それともカラダでも何でも売って、お金を稼ぎなさいという意味ですか?
 今日食べる米さえない者はほんとうに困った人ではないというのでしょうか。
 ほんとうに困った人に手を差しのべるのが、福祉ではないのでしょうか。
 生活保護は申請しなければ受給できない制度だそうですが、その申請の仕方を教えてあげることはできなかったのでしょうか。
 ほんとうに困っていた姉は二週間分の缶に入った非常食用のパンを渡されただけでした。
 コンビニでは賞味期限の切れたまだ食べられる大量の弁当が毎日破棄されます。
 けれどこの飽食の日本で餓死する人がいることは、事実なのです。
 すべては鬼のなせる仕業なのでしょう。
こ うして鬼は息絶えることなく密かに命長らえているのです、今も、今この時も。鬼が人を殺しているのです。
   ◇
「こわいよ、かかさま、おにがおいかけてくるよ」
「またこわいゆめをみたのね。だいじょうぶよ、かかさまがそばにいるわ」
   
    ◇
【case2】
 母親は幼い子供の細い首に手をかけた。
 おまえさえ、いなければ、私は幸せになれるんだ、と。

 今日の よすがに 鬼がまた人を殺す。
   
    ◇
「こわいよ、かかさま、おにがおいかけてくるよ」
「だいじょうぶだよ、もうおまえも鬼になったのだからね」
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Commented by tobetonbi at 2018-09-10 20:50
この世の鬼を、退治てみせよう桃太郎!
なんて時代劇、ありましたよね。

でも次は芥川の「桃太郎」からの引用(青空文庫より)です。

>「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
>桃太郎は…日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉いぬさるきじの三匹に号令した。
>犬はただ一噛ひとかみに鬼の若者を噛み殺した。雉も鋭い嘴くちばしに鬼の子供を突き殺した。猿も――猿は我々人間と親類同志の間がらだけに、鬼の娘を絞殺しめころす前に、必ず凌辱を恣(ほしいままに)した。

鬼が鬼の顔をしていたらわかりやすいのでしょうけどね。
Commented by soranosanngo at 2018-09-11 13:47
読んでいただき、コメントもありがとうございました。

芥川の「桃太郎」
極悪非道なのは、桃太郎とその手下の方という気がしてきますね……。

by soranosanngo | 2013-09-24 13:20 | 時空モノガタリ(掌編小説) | Comments(2)