掌編小説「明日世界が終わる」

白夜はいつも寝不足になる。
夜になっても沈まない太陽のせいだ。こんなあたしでも人類の、はしくれ。太陽の光に含まれる活動エネルギーが、自律神経を乱れさせてしまうのだろう。
「おはよう、リンダ。また眠れなかったの?」
「おはよう。母さんはよく眠れたみたいね」
「それは私が年老いた証拠よ。睡眠と死は似ているの。肉体が死に近づいた分、夜はぐっすり。そして遠くない将来、永遠に目覚めない朝が来る」
「やめてよ。そんな話」
「いいえ。大事なことよ。そしたらあなたはひとりぼっち。ねえ、リンダ。あなたは、もう十八歳。クローニングしてもいい年だわ。大丈夫、心配ないわ。クローニングなんて簡単な事よ。指の先の皮膚をほんの少しこそげ取って、培養シャーレの中に入れるだけなんだから。そう、とても簡単ことよ、命のもとを作るって。だけどその先、ちゃんと命が産まれるかどうか、それは神様しか知らないこと。奇跡を祈りましょう」 
便宜上、あたしが母と呼んでいるヒトは、私のクローンだ。 
大昔、地球に蔓延した殺人ウイルスによって、ほとんどの人類が死んだ。ただ、そのウイルスは寒さに弱く、よって南極と北極の基地にいた人々だけが生き残った。
「クローニングしなかった南極の人たちは、消滅したのよ」
「はいはい、知ってるわ。永い間に人間のオスは淘汰されたんでしょ」
「そう。北極も同じだった。メスだけで命をつなぐのには、男女の生殖を伴わないクローニングしていくしか選択肢はなかった」 
私たちは最初にクローニングしたその人を、イブと呼んでいる。この世界にはアダムは存在しないのだ。
「わかったわ。脈々とつないできたイブの命を私で終わらせることなんて、出来ないもの」 
クローニングを繰り返したせいか、あたしたちは短命だった。老いが駆け足でやってくる。三十五歳の母の顔には深い峡谷のようなしわが刻まれ、かつて黒かった髪はほとんど白い。 
あたしが産まれる前に存在していたという母の姉妹たちは、いずれもクローニングに失敗した。そしてとうとうあたしと母は人類最後の二人となった。
「ありがとう、リンダ。じゃあ、朝食にパンケーキでも焼こうかしら」
「メープルシロップもかけてね」
「オッケー」 
 テーブルに焼きたてのパンケーキが並べられ、今まさにそれにナイフとフォークを入れようとした時だった。コツコツと音がしたので、見れば八咫烏(やたがらす)のジョンがくちばしで窓を叩いていた。窓を開け、彼を迎え入れる。
「どうしたの、こんなに早く」
「あれ、お二人さん、これから朝食?」
「良かったら、一緒にどう? ジョン」
「ありがたい。一生懸命飛んできたんで、もう腹ペコで」
「何をそんなに急いでるの?」
「神様からの伝言を早く伝えなくちゃって思って。またいつブリザードになるかもしれないからね」 
 母が、水を入れた硝子の深皿をジョンの前に置いた。それを2,3回飲んだあと、ジョンは口を開いた。
「明日、世界が終わるそうです」
「どういうこと? 地球が消滅するってこと? まさか太陽が爆発するとか?」
「さあ、詳しいことは知らない。おいら、ただの神様のメッセンジャーなんで」
「そんな……。神様はあたしたちを見捨てるっていうの。助けてはくれないの?」
「お言葉ですが、神様は一度だって誰かを助けたことなどありません」
 なんて薄情な。でもそうかもしれない。かつて殺人ウイルスが人々を襲った時、助けてくださいと願った人間の祈りを神は叶えなかった。「死なないで」と叫んだ母親の胸で、息絶えた幼子を、神はどんななまざしで見ていたんだろう。
「ああ、ああ、そうですか。そんならこれ、返してもらうわ」
 頭にきたあたしは、ジョンに取り分けたパンケーキをフォークでぶっ差し自分の口に入れた。
「これこれ、リンダ、意地悪はおよし。ジョン、ご苦労だったわね。ありがとう。で、世界が終わったらあなたはどうするの?」と母が聞いた。
「おいらも終わる。ジ・エンドさ。神様だって同じ運命だと思うよ。神様は人間が作り出した概念みたいなもんだから、人間がいなくなったら消滅するんじゃないの?」
「ひとつだけ、生き延びる方法があるわ。ノアで宇宙へ飛び立つのよ」
 母の頬が少女のように一瞬薔薇色に輝いた。
「母さん、ノアって、あの伝説の宇宙船のこと?」
「ノアは工場棟に実在するわ。A.Iロボット達によってメンテナンスもされてるはず。リンダ、パンケーキを食べたらノアで地球を離れなさい」
「母さんは? 母さんは一緒に行かないの?」
「私はもう死期が近い。宇宙の塵になるより、ここに残って地球の最後を見届けるわ」
「だったらあたしも行かない。ここに残る」 
 母は私の頬をつたわる涙を優しく指でぬぐった。
「あなたは私よ。だから離れていたって、いつだって一緒。それでもさみしいなら、そうだ、ジョンを連れていけばいいわ」
「ええっ、おいら?」
「いいじゃない。どうせあなたも八咫烏の最後の一羽なんでしょ。ノアの中で、クローニングしながら生き延びることもできわよ」
「うーん、あんまし気が進まないけど……毎朝パンケーキ焼いてくれる?」
「パンケーキくらい焼けるわよね、リンダ」 
 あたしはうなずくしか他に選択肢はなかった。 
 行先のない旅。
 未知なる怖ろしさが洪水のように押し寄せて、それでもノアは進む。 
 だけどどこかに不時着する可能性はゼロではない。
 世界の終わりは、新しい世界の始まりにつながっている。
 イブの末裔は案外しぶといのだ。  

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by soranosanngo | 2018-10-18 14:58 | 時空モノガタリ(掌編小説) | Comments(0)